RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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ムガー (2005/03/31(木) 20:50:41)
誰が読んでいるか分からないので詳しい事は書けないけれど、怒りと愚痴を2000文字くらいは書かないと気がすまないような事態に見舞われた。何でこんな事に、残り僅かな春休みの貴重な日々をつかわにゃならんの~。
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レナンテナ (2005/03/30(水) 16:57:30)
RENAntenaが閉鎖~!?貴重な情報源だったのに・・・
ニッキー (2005/03/30(水) 00:41:52)
昨日はバイト先の塾の合格祝賀会と高校時代の知人の合格を祝う会(なのか?)と小学校時代の塾の同窓会と三つかぶっていて大変だった。いや、かぶっていたんだから全部出るわけではなく大変だったわけではないんだけど何となく疲れた。合格祝賀会ではあまり食べれず飲めず(とはいえ生徒が主賓だから仕方がないんだけど)、その後高校時代の知人達に合流したらボーリングに行く事になり、体の衰えを自覚。

今日は文芸部の印刷と追いコン。印刷も順調にすんだし追いコンも結構な人数が集まって楽しかった。しかし大御所がごそっと抜けたなー。まあどうにかなるか。
メグミサン (2005/03/28(月) 02:19:24)
横田めぐみさんの遺骨が偽物だったとかのあれやこれやなんだけど、死んだという証拠が偽物だった事を北朝鮮を非難する中心的な問題点に据えるのは、まるで横田めぐみさんの死という結末を求めているみたいで非常に危うい物があると思う。もちろん今回の、北朝鮮の横田めぐみさんは死亡しているという主張に基づいてその証拠を要求し、それを鑑定するというプロセスは全く正しい物だと思うのだけど、ここに至っては、もはや横田めぐみさんが生存していて日本に帰国させるという結末以外は受け付けない、これ以降に横田めぐみさんが死亡したり、あるいは既に本当に横田めぐみさんが死亡しているのだとしても、その場合にはもはやこの問題が解決する事はあり得ないという強硬な姿勢を見せなければならない。さもなければ、横田めぐみさんがこれから殺害されるという事態が起こり得る。

つまり、
A.横田めぐみさんが現在実際に死亡していて、その確かな証拠が提出される
B.横田めぐみさんが現在生存しているのだが、これから北朝鮮が横田めぐみさんを殺害するという行動に走り、改めて死亡の証拠を提出してくる
C.横田めぐみさんが現在生存していて、外交努力がみのって日本に帰国する
の三パターンがあるわけだけど、重要な事はB.は絶対に避けたいという事、C.が一番望ましいという事、そしてA.である場合はこの問題がどんな経緯を辿ろうとも日本側には、外交カードが数枚手に入る以上の利益が生まれない事だ。そしてB.は事実に反してAであるかのように見せようという行為なのだから、例え真実がA.であったとしてもそれを受け入れないという姿勢をとる事でB.を回避する事ができる。また、事実A.であったり、あるいは北朝鮮がB.を選択したならば、この問題が解決する道は閉ざされるという事になる。この事は北朝鮮にとってのみ不利益となる事だから日本側があれこれ思い巡らす事はない。

この問題についてA.だとしたら遺骨を偽造するはずがない、とか遺骨のような十分な証拠能力のある死亡の証拠からは死亡時期が判定できるからB.をとる事はないはずだ、等とわざわざ知恵を絞って推測をめぐらせる必要はない。重要な事はC.以外、すなわちB.のみならずA.すらも日本側にほとんど利益をもたらさないという事だ。そして既に一度A.の機会を与えてあるのだから、これ以降は真実がどうであるかに関わらずA.を拒絶するべきなのだ。

#もちろん北朝鮮との外交問題は、軍事的緊張を緩和したいという背景があるわけで、その意味でこの問題を解決する事は人が一人生きているか死んでいるか等とは関係なく大事な事なのだろうけれど、そういう事情を欠片も匂わせないで行うのが外交ゲームの鉄則であるはずだ。
アソシエイト (2005/03/27(日) 14:35:26)
バイトによる収入が今よりは減るのが確実なので小遣い稼ぎにAmazon アソシエイトに加入してみた。んで、テスト。


しかし3%って、、、。閲覧数が少ないサイトでは本当に端金にしかならない。1000円の商品で30円だから1万円になるには300人くらいが購入しなければいけない計算。。。
どれほど実験と理論があらゆる場面で一致するようになっても、常に、どうして世界がそのような理論に従っているのか、という疑問から逃れる事はできない。

物理学者にとっての最大の不安は、明日から突然、世界が全く異なる物理法則に従い始め、これまでの努力が灰塵に帰すかもしれないという事だ。物理学は世界がどのように作られているかを教えてはくれるけれど、世界が何故そのように作られているかを教えてはくれない。

ところが実際には、そういう事はおきていない。それはもちろん、これまで偶々世界はこの物理法則にしたがって動いてきただけという事で、次の瞬間には異なる物理法則に従いだすかもしれない。だけれど、世界がある(完全に明らかにはなっていないにせよ)物理法則に従っていて、これからも従い続けるだろう事を僕らは半ば盲目的に確信する事をこれまでの所許されている。

ひょっとしたらこの確信は幻想なのかもしれない。しかし、世界がかくある理由がちゃんと存在し、このような確信が正当化されるのならば、それを明らかにし、明日から世界が異なる物理法則に従い出すかもしれないという恐怖を払拭したい。これは世界を理解しようとする物理学にとって十分に正当な問題意識だ。
僕ら物理学を学んでいる学生は、よく、Theory of Everything(森羅万象の法則というナイスな訳語がある)を求めるな、と戒められる。これは大体次のような意味だ。

物理学を本格的に学ぶ以前に物理学について得られる情報の多くは、この分野の華々しく受けが良い部分に恣意的に偏っている。特にニュートン力学、相対性理論、量子力学といった「基本法則」の発見を、ひらめきや思いつきに比重を置いて分かりやすくする事でそうした法則が発見される過程を矮小化して恣意的に神秘性を演出している事が多い。

こうした情報にさらされて、物理学に憧れて物理学を志した人間は、どうしても、相対性理論や量子力学のような物理学の根底を成す新しい理論を見つけてやる!という漠然とした野心を持つようになるし、そうではなくとも、物理学が対象とする領域について非常に狭い認識を持つことになる。物理学の基本的な問題意識は、世界の仕組みを理解しようという事なのだけど、本当にそのような興味からこの方向に進む事は難しく、どうしても、有名な科学者とか理論自体に対する憧れが動機になってしまい、物理学者は誰もがToEを求めて研究しているのだと漠然とイメージしてしまうのだ。

だけれど、実際の物理学はもっと広範な現象を扱う。基本法則を整備する事は結局は準備にすぎず、その先の、それらを応用して様様な現象にどのような理解を与えるか、という事こそが物理学の本来の問題意識から言って重要で、そしてはるかに難しい。そのような場合に、基本法則は大して役に立たず拠り所以上の役割を果たさないという事がほとんどで、対象とする領域の持つ構造を理解し記述するためには様様な手法を適切に選ばなければならない。現象の適切な分類、特徴づけ、実験手法や解析手法の整備、法則の発見と検証、理論的裏付け、、、こういった事は基本法則周辺のとるに足らない数理的な問題に比べてはるかに難しく、しかしながら物理学にとって多大な興味が向けられる。

そういうわけで、新しい基本法則を見つける事は物理学にとっては非常に広範な目的のほんの一部にすぎないのだと諭されるわけだ。

ところが今の物理学の状況を考えると、僕にはToEの樹立が確かに物理学の当面の重要な目標であると思えるのだ。

その理由は、全く逆説できなのだけど、ToEがどうやら存在しそうにない事だ。
バーミャン (2005/03/22(火) 01:51:26)
夕飯は家族でバーミヤンだった。海老のマヨネーズ炒めが実に美味い。
ヘーキンジン (2005/03/21(月) 01:43:29)
しばらく前に知人が法律用語(なのかな?領域はよくわからない)で平均人という考え方があって・・・という話をしていた。その時はとある法学の本で平均という考え方について数学的に厳密な導入から入ると見せかけておいてめちゃくちゃ適当で、しかもその導入部分が平均人の説明に全く関連性がなくって云々…という話だったのだけど。

その話でふと浮かんだのが、人間が球面に分布していたら…というイメージ。

平均の定義にも拠るけれど、相加平均ならば球の中心。調和平均ならば無限遠点となる。それは全ての人間からかけ離れた存在だ。

実際、性別に関する平均を考えれば、それは大まかにいって男女どちらでもないか、男女どちらでもある、といういずれかの結果しかあり得ない。国籍もそうだ。宗教もそうだ。このような極端な(というか当然な)例に限らずとも、慎重さと思い切りのよさのような符号付で数値化できるような人間の性質で-aと+aに二つのピークができる類の物はたくさんある(アンケートでは、「どちらでもない」を選びがちだけど、大抵の場合人間はどちらかに一定以上に傾いている物だ)。

すなわち、あらゆる人間にできる限り近づけた結果として得られる平均人は、あらゆる性質を持たない非人間的な存在や、あらゆる性質を最大限に持ち合わせる神の如き存在となり得る。

多分こうした議論を臆面なくできるのならば、ソーカル以前の時代には飯に困らなかったんだろうな。

#もちろんこの問題意識自体は正しい。ただ重要な事は、この議論は平均人という概念を批判するというよりも、平均人という考え方を妥当な物にするためには「適切な平均の取り方」を慎重に検討しなければいけない、という問題提起であるという事だ。そして実際、そんな事は言われるまでもなく統計学や法学の分野で議論されているはずだ(もっとも一般的で完全な結論の出にくい難しい問題ではあるのだろうけれど)。…されてるよね?
トオモッタラ (2005/03/19(土) 21:11:18)
そういえばトレイラーが出たって聞いたなーって思って見てみた
意外にドゥークー伯爵働いているけれど、思いっきりかませ犬っぽい。アナキンと戦うシーンとかあったけれど、アナキンvs.オビ・ワンならともかくそんな戦いに誰も期待していないぞー、と思ったら、メイス・ウインド以下数名のジェダイ相手に一人で立ち向かったり。結構頑張るのかも。

あと、ヨーダとパルパティーンは普通に戦っているし。ジェダイが正攻法で滅ぼされるなんていう、ジェダイが弱かったのと愚かだったのがいけないんじゃん、な展開だけは勘弁してー。

だけど、全体としては、意外と期待できるかも。
ウチュータイセン (2005/03/19(土) 21:01:09)
そろそろ映画が完結するスター・ウォーズのEpisode 2とEpisode 3の間に起こった出来事を扱う小説がここ数年定期的に出ているのですが、その最新作がなんか凄い。ドゥークー伯爵が共和国に亡命を申し出てヨーダがどっからどう見ても罠な会談に出向くという。キーパーソンの行動をスピンオフ小説でやって良いのか?最後まで見なかったので死ぬのか逃げるのか捕まるのかは知らないんだけど、ひょっとしたら映画の製作サイド的にはドゥークー伯爵はもはやどうでも良いのかも。

シス郷はすごく強いけれど悪い人達だから同時代に二人以上共存できず、出現する度にジェダイ達に滅ぼされてきた。それが、狡猾なる皇帝と強大な力を持つダース・ベイダーの二人によって、ついにジェダイが滅ぼされた。そういう背景設定が皇帝とベイダーの恐ろしさを感じさせてEpisode4~6の緊迫感を演出していた。

それがEpisode1~3が作られる事になって、誰もが、皇帝の狡猾さとベイダーの圧倒的な強さを印象付けるような、工夫されたプロットと若いベイダーを引き立てる現代的なアクションを期待しつつ、シス郷量産状態になったら嫌だなーと不安を覚えていたわけですが。結局圧倒的に後者の状態になっている。

Episode1のダース・モール、Episode2のドゥークー伯爵と全く印象に残らない、ただ興行的な目玉としてのみ存在するシス郷を安易に作られると、結局見る側としては、「ずいぶん簡単にダークサイドに落ちるジェダイが全ての元凶だろう」とか「こんなんにあっさり滅ぼされてんじゃねーよ」とか思ってしまうわけで、アナキンがダースベイーダになる過程も矮小化されてしまう。

何というか、ダーク○○とかブラック○○とかが出てきて、それをやっと倒したと思ったら正義の側と同じだけの人数がまだ他にもいるってわかったみたいなそんな状況を地でいっちゃっている。。。

はあ、せめてEpisode3だけはまともに作って欲しい。
こんな意味深な発言があるので、これまで小出しにされてきた情報から想像できるようなストーリから少し外そうと努力はするみたいなので一応期待。
ライトスクライブ (2005/03/19(土) 20:28:03)
光学ディスクへの書き込み用レーザでレーベル面に描画できるドライブだって。これ良いなー。
スリムドライブサイズ(できたらスロットイン方式)出たら買いだな。ただメディアが特殊な物が必要らしいので、その価格が問題。
ズカイニューモン (2005/03/18(金) 00:17:02)
本屋でふと(というかシュレ猫と間違えて)手にとった
「図解入門 よくわかる量子力学の基本と仕組み―量子力学入門と固体物理、電子工学への応用」
が、分かった気にさせるためだけに書かれた類のちゃらちゃらした本かと思いきや、物凄い良書だった。これは本当に、量子力学を勉強しなければいけない大学生なら一見の価値有り。図解と言っても、箱の中に入っている猫の絵が描いてあるわけではなく、厳密な計算結果のグラフ等による視覚化がほとんどなのです。これがちょっと他では見ない類の物ばかり。普通の教科書だと計算が終わったら、その解の大まかな傾向について二三延べるだけで次に行く所を、非常に詳細に図示してある。また後半の具体的な応用に関する題材の選び方も、数学や物理畑の人が書いた教科書とは違う工学的な視点によるもの。この種の実用重視の題材選びは、中学や高校の教科書を改善しようとすると一番初めに提唱される物だけど、実際に行うと単なる発明発見物語になってしまうので僕は大嫌い。なんだけど、この本では前半に基本をきっちり説明してあるから、後半の工学的な応用の話が実感を伴って楽しく読める。

いやほんとうに、これ良いなー。
イサギヨサ (2005/03/17(木) 01:05:48)
僕にとっての一つのキーワードは潔さと気高さだ。

僕は大抵のことについて強い主張を持ってはいない。自分の行動原理は幾つかあるし、それに対するこだわりは強い。しかし人に対して主張したり押し付けたりできる物はほとんど(おそらくは一つも)ない。

ただ、同時には期待できない物を求めようとする姿勢に出会った場合にだけは必ず、批判の対象とするだけでなく、憤りすら覚える。それはそのような姿勢だけではなく、そのような姿勢をとっている主体自身に対しても向けられる。主義主張思想信条に関わる議論を歪ませる原因の大半がこの種の姿勢だからだ。

例えば、ある二つの対立する主張A,Bがあるとしよう。ある人Pが全く感情的にAを選んだとする。この感情的に選ぶという行為自体をあるいは肯定あるいは否定したい人もいるだろうけれど、僕はそのような議論にはほとんど興味がない。ただ、Pがこのように感情を根拠に選択をするならば、「私は感情によって選択をするのだ。外野の意見など関係ない」と断言できなければならない。何ら後ろ盾を持たずにこのように断言する心こそが気高い心だ。そして自由こそがそれを許すのだ。

ところが往々にしてPは感情によってAを選んでなお、Aを選ぶ事の正当化を求める。その結果自分の選択にとって都合の良い議論のみに目を向ける事になる。これが潔くないという事だ。このような潔くない姿勢は多かれ少なかれ物事を(この場合はAとBの選択に関する議論を)正常な姿から遠ざける。

正当化を求めるという事は、できる限り正しい物を選択したい、という事でなくてはならない。そしてそうであるならばPは自身の感情を判断を狂わす制御できない情動と見なして抑制しなければならないはずだ。Pはできる限り多くの判断材料を集め、そこからできる限り正しい判断を導くよう努力しなければならない。その結果はひょっとしたらPの感情を満足させないかもしれないがそれは受け入れなければならない事だ。それが潔さという物だ。そしてこの場合Pは気高い心によって「私は思考し検討し、できる限り最良の判断を行おうと努力する。感情に反する結論に至ろうとも関係ない」と断言できなければならない。

自由主義だ民主主義だと言っても、結局僕らは自ら(まあその主体性は必ずしも確実な物ではないけれど)法を作り規則を作り、様様な制限を作る。そうしなければ社会は成り立たないからだ。自由とは規制がない状態を意味しない。自由とは、気高い心を持って良いという権利を意味する。

だけれど、合理的でも道徳的でもない、聖人君子の対極にいる平凡な一市民の一行動を、確かに自身による選択なのだと断言するという事は、単なる心の持ちように過ぎない(口先だけで言う事すら容易だ)にも関わらず物凄い重荷だ。僕らは簡単に気高い心を持つ権利を捨て去る。そうして、潔くない行動、思考が世にはびこり、多くの歪みを作り出している。
ニューポリスストーリー (2005/03/16(水) 00:16:43)
香港国際警察が普通に面白かった。まあ登場人物の行動の正当性には目をつぶるとして。警察署長が拳銃を貸す所とかベタだけど格好良い。あと主人公の相棒役の人は有名な美形の俳優らしいんだけど、狂言回しに徹するのかと思ったら始めから最後まで滅茶苦茶良い役回りだった。

全然関係ないけれど
色物科学者研究編
シンガッキ (2005/03/15(火) 00:51:33)
物理学科の時間割
気合入りすぎ。実験とかは、枠がとってあるだけだとは聞いているんだけど。

まあ講義が基本的に2時間目なので、これにはちゃんと出るように、朝型に切り替えなきゃな。光学、量子力学、統計物理学は出るようにしなきゃ。後、電磁気も自分で勉強しにくそうな分野を扱うようだからできるだけ出たいな。

量子力学は量子コンピュータの人という事で、調和振動子や水素原子のエネルギー固有状態の計算を4年生までお預けにする人生設計的には都合が良いかもしれない。

村尾先生のページ

バイトどうしよう。火曜日と金曜日にするしかないかな。
ワーク (2005/03/14(月) 00:17:30)
一日お仕事をしていたので疲れた。

微妙に時間が空いたので部屋の片付けをして、韓国語の教科書等もう用のない物を捨てた。ただ、ここ最近悔やむ事が多かったので、ノートに関しては全てとっておく事にした。机上もすっきり。

今年の大学受験は高校時代の知り合いが順調に合格しているよう。おめー。
ドームサン (2005/03/13(日) 03:27:59)
Doom3を3Dメガネでプレイするとかなり目覚しい効果があったので、またスクリーンショットを裸眼立体視用に加工したのを。

doom3s.jpg

そうそう、目を寄り目にして焦点を手前にずらすほう(交差法って呼ぶのかな?)です。まあこの大きさだと焦点を向こう側に持っていく方はまず無理だとおもいますが。

やってた時はなかなか素晴らしい立体感だったんだけど、このスクリーンショットだとそうでもないなあ。モンスターが近くにいるのを狙ったせいで背景が面白くない。

明日別のをアップするかも。
セキュリティー (2005/03/13(日) 03:18:40)
やっと終わったー。
何故か脅迫的な衝動に支配されて、しばらく前からひたすらに書いていたセキュリティに関しての文書がやっと書きあがりました。

コンピュータセキュリティについて最低限知っておくべきこと

セキュリティと利便性は必ずしもトレードオフではなく、セキュリティは特殊な知識を必要とせず自然かつ自動的に実現しなければいけないという基本を提示して、一般的なPCユーザが利便性を損なう事無く、専門的な知識を持たずにセキュリティを確保する上での方針について記述する、という体裁をとっているので、誰が読んでも少しは得るものがあるかと。

だけど、この文書の実体は、そうした体裁を通してセキュリティのあるべき姿について述べて、セキュリティを正しく理解せず混乱を招いている一部の(しかし非常に多くの)専門家達に猛省を促すという物です。

というか、この文書を本当の素人が読んだら何も分からないと思うし。

つまり、パソコンを日常的な用途で使用する程度の状況でセキュリティが利便性とトレードオフになるなんてそんな馬鹿な話はないし、ソフトウェアやシステムを使用する上で空気のように全く意識せずに自動的に実現しなければ使い物にならない。そんな事はまともな技術者にとっては当然の事なんだけど、そうした理想はなかなか実現できない。

だけれど、現在では少なくとも個人がパソコンを日常的な用途で使用する程度の場合についてはかなり技術的な成熟が達成されつつある。

それにも関わらず、一部の営利企業とか、人にもっともらしく喋るだけで自分で真剣に思考できない``専門家''のせいで状況が滅茶苦茶に混乱していて、どうすればそうした技術を出来る限り利便性を損なわない形で利用できるか、ユーザが知る事が容易ではないし、技術の正しい発展が阻害されている。

そうした状況にいい加減業を煮やして、「正しいセキュリティのあり方はこうなんだよ、さっさと実現しやがれ」という文書を書いたわけです。

実際にはこの文書に書いてある事を(そういう目的で読むと読みにくいことこのうえないだろうけれど)実践しても利便性とのトレードオフが要求される場面に出会う事になるだろうと思います。大体、僕自身はブラウザは未だにIEエンジンのDonut Pで、しかも開発が止まってから他のブラウザに乗り換えていないからステータスバーに鍵のアイコンが出ないんだけどね(<それはさすがに問題)。一般ユーザなんてそんな物だから、技術が出来る限り多くを引き受ける必要があるって事なんだけど。

#しかしながら状況は段段と改善されつつありますので、ある程度の知識を持っていてこの文書に書いてあることを実行できる人で、少々の不便を受け入れられる人や設定をいじったりユーティリティーと組み合わせたりして利便性を自力で改善できる人には、この文書はある程度参考になるかもしれません。

後、そういうわけで結構傲慢な言い回しがしてあるのと、知識不足による不正確な記述があるかもしれませんが許してください。

#というか、電子署名の認証ってどういう仕組みなのか良く分からなかったりする。秘密鍵と公開鍵の役割を逆にするのが基本なのだろうけれど。
サンデーメガネ (2005/03/11(金) 21:25:36)
しばらく前に注文したE-D Wired Glassesという、液晶ディスプレイ、ATI Radeonでも使えるという3Dメガネが今日到着した。わーい。

とはいえ、CRTとNVIDIA製ビデオカードとNVIDIA Stereo3Dドライバの組み合わせと比べて色々苦労する割に余り上手くいかないんだろうなーと余り期待せずにセットアップ。んで、色々試してみた。

大体予想通りで、ドライバの完成度はかなり低いし、リフレッシュレートの低さのせいでちらつきが相当気になる。ちなみに、モニタの設定でリフレッシュレートが60Hzだったのを75Hzにすると、かろうじてちらつきは気にならない程度になった。

また仕組み上ゲーム画面の明るさが半分になってしまい、そのための対策としてゲームごとにガンマ値を変えられるようになっているんだけど、これがうまく働かない。ビデオカードの方で明るさ、コントラスト、ガンマ値の調整キーを割り振って自分で調整する事にしたんだけどやっぱりこれが難しい。液晶の質が悪いせいででゴーストもひどいし。

また、立体感の調整についても、``Depth''と``Shift''の二つの値があって、これは大体``Depth''が奥行き、``Shift''がちょうど右目用画像と左目用画像が重なる距離の設定なんだけど、実際には頭で考えてもわかる物でもないし、まして「大きくすれば立体感が強くなり小さくすれば立体感が弱くなる」なんて単純な物でもない。ゲームごとに最適(というか、像が分離せずちゃんと立体視できるような)設定を見つけるのにそうとう苦労する。

そんなわけでとても人に勧められるような物ではないのだけど(いや3Dゲームを3Dメガネでプレイする事自体は非常にお勧めできる。ただしそれにはやはりGeforce系のビデオカードとNVIDIA Stereo3Dドライバを用いている3Dメガネ、そしてCRTディスプレイの組み合わせを用いるべき)、上手く設定すれば、立体感自体は申し分ない。

ゲーム画面をコピーして、左眼用画像と右目用画像を分離して並べるという作業をして裸眼立体視用の画像にしてみたのが下の二つ。一枚目はAlice in Nightmare。二枚目はSerious Sam the Second Encounter。

alices.jpg
seriouss.jpg

実際には半分のラインが間引かれてしまうのと明るさの調整等を行うためこの画像のように綺麗なわけではないが、立体感はそのままだ。

特にAlice in Nightmareは前にEyeScreamという3Dメガネを使っていた時にもそうだったんだけど、マップの構造が3Dメガネに適していて、まるで初めから3Dメガネの事を考慮して作ったのではないかと疑いたくなるほど素晴らしい立体感だ。ドライバの不具合でイベントシーンが真っ白になるのが悔やまれる。

後、ユーザ権限でログインしていると何故だか使用できないのはどうにかしてほしい。多分DLL フックの関連だと思うのだが・・・。

まあとにかくこのメガネでゲームをやるというのは余り現実的ではないけれど、録画したデモをボーっと見ていると、時々モンスターが画面から飛び出してきたりとIMax映画のような演出が偶然に発生して面白い。

こうなるとDVDを自動で立体化するとかいうソフトを買っても良いなあ。

動画ファイルには3Dの情報が入っていない以上その立体化は答えのない問題で、どうしても泥沼のイタチゴッコになってしまう。理系の人間としてはこの種の製品には、だからこそお金を出して買うべき価値が認められると考えると同時に、でもあんまり上手くいかないんだろうなーとも思ってしまうのだけど、どちらかといえば前者の感情の方が強い。
グケー (2005/03/11(金) 00:01:22)
僕は自分の兄のことに言及する場合おちょくって「愚兄」と言う時があるのだけど、この「愚」は「私」「我」の意味の謙譲表現なんだそうだ。なんてこった。
#一応真面目な話題なのでタイトルもまともで。。。

今年度の東京大学の入試問題の物理なのですが、第一問は予備校なんかは典型問題等と言って済ませてしまうのでしょうが(そして的中とか宣伝するのだろうけれど)万有引力の問題でありながら運動方程式が解ける場合の基本である単振動を扱う事になる物理の世界で好まれてきた良問をストレートに出したという点で評価できますし、第三問に至っては受験生にはなじみのないだろう現在流行りのトピックをストーリーとして完結した問題にした上で(レーザートラップについて言及する等)、高校物理の範囲で扱える部分だけを設問として取り上げているという点で、まさに大学の先生でないと作れない、それでいて単なるマニアックな問題にならず、受験生に何を要求しているかが明確でしかもそれを受験生がどの程度満たしているのかをきちんと判別できる、神がかり的な良問なのですが、、、

問題は第二問です。これ、まず少なくとも
代々木ゼミナールの解答
河合塾の解答
駿台予備校の解答
では納得できない受験生が続出するのではないかと思います。

さらに、もちろん予備校解答は出題者のせいではないのですが、この問題に高校程度の理論物理の知識で答えを与える事は容易な事とは思えないのです。
ザ・ベルガリアド (2005/03/09(水) 04:12:48)
えー興奮しているので太字乱発で。

#どうでもいいけど、FC2BLOGは記事を作成するときBが太字で書いてあるアイコンをクリックすると、ではなくが挿入される。中々どうして。

全然事前に情報を知らなかったので本屋に行って驚きました。

ベルガリアード物語新装版が~~~~~~!

大きな本屋では大抵どこでも未だにベルガリアード物語全五巻、マロリオン物語全十巻が揃っているというのに新装版とは。と疑問に思って帯を見ると

Belgarath the Sorcererの邦訳が~~~~~~~!

いやー驚き。この調子で
エレニア記の復刊も早川がやってくれればもう言う事なし。

#まあエディングスの著作はマロリオン物語以降、予言の「RPGにおけるクエスト」化が顕著になってきて、Belgarath the Sorcererもその作風で書かれていた(原書を読んだ事がある)のでベルガリアード物語程思い入れがあるわけではないのですが。でもやっぱり嬉しい。

新訳というわけではないらしいけれど、手直しくらいはされているのだろうか?後、表紙は今風に完全に変更に。
amazonのページ
ガリオン君も随分可愛くなった物だ。

まあ旧刊表紙は非常に恣意的に力の入れ方に差が付けられていてしかも妙に下手な上にヨーロッパの貴族の髪型(くるくるしている奴)だったりとあんまり思い入れもないんだけど、ガリオンの髪の毛は砂色だとだけは言っておきたい。

#まあでも、旧刊の第一巻の表紙は、上手くないんだけど妙に印象に残って、特に独特の紫色の印象が強烈で、グレープジュースを飲むと必ず思い出すほどで思い入れがあるといえばあるのですが。旧刊の第一巻表紙は日本 David Eddings 協会で見れます。

でもなあ、旧刊はお堅い装丁に見えて三巻のセ・ネドラの力の入れ方がすごい(でその向こうにいるウル(一応神々の父)の手抜き加減がまたすごい)んだけど、この絵柄で旧刊のセ・ネドラに負けてたら笑い話にしかならない。大丈夫かなあ。早川は時の車輪の表紙戦略でも失敗しているからなあ。あんまり萌え萌え~なセ・ネドラになっても嫌だけど、普通にジュブナイル冒険物の女の子風になってもな~。

というか、WEBでもライトノベル風だとかアニメ顔だとか言われてるけど、これ、ガリオン君以外はむしろ児童書っぽい。微妙な外し方が。多分ビジネスとして売れる絵柄にしつつ、ハヤカワFTという縛りが単に何でもかんでも格好良く、可愛く、きれいに描く事に抵抗させたんだろうけど、かえって逆効果というか、ベルガラスが格好悪すぎる。ポルガラの美しさはそんな町娘みたいなのじゃなくって(全国の町娘さんごめんなさい)、貴族的な、気合入れて人為的に作った美しさなんだよー。っていうかポルガラが走るな。

ああ、結局文句言ってしまっている。

でもそういえばガリオン君偏重の傾向は、旧巻の裏表紙の突込みどころ満載のあらすじ(新装版にも継承)にも見られるんだよね。

そうそう、装丁については一つ非常に嬉しい事がある。ベルガリアード物語における狼の描写については好きで好きでもう最高と言うしかないのですが、小粋にも装丁の一部に狼があしらってある。イラスト描いた人はどうだか知らないけれど、この装丁はちゃんとベルガリアード物語を読んだ事がある人にしかできない。感激。感激。

後もう一つ評価できるのはなかなかまともな解説が巻末に掲載されている事。最近では巻末の解説って完全に形骸化して、夏休みの宿題の感想文で何を書けばいいかわからなくて無理やり文字数だけ埋めましたタイプか、初めからネームバリューだけで解説を依頼されたと書き手も開き直っていて、単なる帯の推薦文のロングバージョンになっているタイプばっかりなのでこういったまじめな解説文は(実際の売上への影響は微々たる物なのだろうけれど)良い物を作って売ろうという気が感じられて嬉しい。最も、この日の浅いジャンルに文学史ばりの解説をつけるというのは疑似科学にも似た危うさがあるのだけれどそれはそれ。

ああ、これでファンが増えるといいな。私的には最高のファンタジーなので。

こういう記事でアフィリエイトとか言うのやってると小遣い稼ぎになるのだろうか。
アキハバラ (2005/03/09(水) 02:21:11)
今日は昼頃に母校に用事があって夜から学科のコンパだったので、その間の時間つぶしに結構歩きっぱなしで珍しく健康的な一日だった(色んな点で帳消しどころじゃないだろうけれど)。

本屋に寄ってちょっと嬉しかったことがあったのでそれは別に書くとして、秋葉原に久し振りに。でも最近は面白い物があんまりない。どこも同じような物を利益が出るぎりぎりで売っているだけ。ベアボーンキットの類は見ていて楽しいけれど衝動買いするような代物でもないし。下らない事でいいから機能上の付加価値がなければそうそう手を出す気にはなれないわけで。ちょっと前には光物やUSBポートを利用する小物が流行っていたけれどそうした物がなくなってしまっている。最近SLIでGeForceを二枚差し~ってのが流行っているらしいけれど、こういった物が訴求力を持つのは結局一部のマニアだけだ。二倍の投資をして二倍以下の速度を手に入れるなんてナンセンスにも程がある。それを使ってしかできない事が確かにあるのならば大抵の出費は許容できるのだけど(といっても経済状況次第だけど)。

まあこういった状況は店の体力が随分と落ちているせいなんだろう。そんな状況なので、色物の類はかえって大手が扱う傾向にある気がする。T-ZONEなんかは大手量販店の顔をしていながら時々意外な物が置いてあることで昔から有名だ。

んで、最近はプラットホームが随分と面白い(液晶でも、そしてRADEONでも使える3D眼鏡の存在はここを通して知った)。今日もレーザー投影のバーチャルキーボードと
AKIBA PC HOTLINEのページ
指先入力キーボード
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に触ってきた。バーチャルキーボードはやっぱり発展途上という感じだけど未来的で楽しい。

指先入力キーボードは、ネタや実験的な製品に見えるけれどこれはかなり本気で作られている。というのも、高速な入力デバイスは一部の業務の効率に直結するから需要が非常に高い需要が存在する(だから1万円とか2万円とかいうキーボードが普通に存在する)。この指先入力キーボードはだから、特殊なゲームのコントローラか何かに見えて実は文字入力を本当に高速に行えるようになっていて、ただし個人をターゲットにしていない。何と値段は30万円である。。。1万円以下なら買ってもいいんだけどな。

#このプラットホームは法人ユーザを大きなターゲットにしているんだけど、今日行ったらちょうど東大からの注文に対応していた。
ベクトルポテンシャル (2005/03/07(月) 22:06:58)
今日の試験の後微妙に話題になっていた、div B=0 の下でのB=rot AなるベクトルポテンシャルAの存在に関しては、田崎先生の日記に同じ話題がある。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/0411.html#22
つまり、rot E=0の下でEの線積分が端点だけの関数となる事からスカラポテンシャルを構成するのと同じような流れ、という意味での初等的な方法はベクトルポテンシャルに関してはない。

ただこれは初等的というのをどう捉えるかという問題であって、デルタ関数のラフな取り扱いに慣れていて、グリーン関数のような物を何度か目にした事があれば、線形で重ね合わせが効くケースである以上「原因が一点だけにある場合」の解を見つけてしまえばそれを積分する事で形式解が作れるという見通しが当然持てるから、Aの存在はそれ程面倒なお話ではないし、そもそも議論の対象にするほどの大した問題というわけでもない。

だけどやっぱりスカラポテンシャルの初等的な構成法は素朴で魅力的だ。ベクトルポテンシャルで何らかのアナロジーが期待できるのではないかというアイデアは僕自身かなり真剣に考えた(いや去年の試験の時の逃避だけど)事があるので、こういった偉い先生達にばっちり否定されてしまうと何だか悲しい。
テンジョーソーゴサヨー (2005/03/07(月) 00:05:29)
先週の演習の試験は、何も勉強しないでいったので、簡単に解ける問題だけ手をつけてさっさと退出するつもりだった。

ところが何と二つある大問が両方とも(1)で与えられたハミルトニアンのエネルギー固有状態とエネルギー固有値を求めさせる問題で、(2)以降に細々とした事を聞いてくるという構成。

これ、技術的な困難が(1)に集中してるんですけど。。。それでしかも、(1)ができないと(2)以降はできっこない。(1)の答えさえ与えられれば後は一般論に従って完全に機械的な計算問題なんだけど。

こんな構成な物だからどうしようもなく、仕方がないから大問の一つ目で調和振動子のエネルギー固有状態を求めようと頑張ってみたら、嬉しい事に意外にどうにかなる。自分で手を動かした事はなくとも、量子力学にとっては基本中の基本だからやっぱり色んな場面で先生が黒板で解いて見せるわけで、いつのまにやらどうにかなるようになってるもんだなーと。

そしてさっさと家に帰る計画を止めて結局大問の二つ目もやって、時間いっぱい使ってしまった。

ところが家に帰って考えてみたら、ポテンシャルのδ関数部分を境界条件を設定して簡略下して扱う所であり得ない間違いをしていた事が発覚。ポテンシャルが無限に深い所で存在確立0ってアホか。

問題の構造上(1)が間違っていれば後は終りなので、大問の二つ目は解いた意味無し。これじゃあ何のために時間全部使ったのか。。。

と、思ったら
点状相互作用の量子力学
こんな文書が。なんか、あっているらしい。


と、思ったらそれは勘違いで、いや、僕の解も解ではあるんだけど、それはこの文書でいう

(2)は反対称な波動函数では強度bに無関係に自動的に満たされることである


って書いてある事実に相当し、基本事項で別に大したことではないらしい。

そういえば、極限を取る前の井戸型ポテンシャルでは対称、反対称どちらもあるもんなあ。
トゥドゥー (2005/03/05(土) 23:48:49)
明後日が試験なんで明日勉強しなければいけない事をリストアップ

解析力学・量子力学&量子化け学
両方合わせて調和振動子ハミルトニアンの固有状態の導き方をやっておいて、後水素原子波動関数に関して定性的な事やっておけばどうにかなりそう?数理的な所はぶっつけで。。。でも運動量演算子の自己共役性の証明とかって意外に面倒なんだよな、確か。。。

電磁気学
えっと何を知っておくべきかも知らないぞ。。。特殊相対性理論の粒子を時空図上の曲線として扱っている段階までならどうにかなるだろうけど。。。電磁気はどうしよう?特殊相対性理論的なマクスウェルの方程式の表示と、電磁場の変換だけ調べておけばどうにかなるかな?
タジュージンカク (2005/03/05(土) 03:35:04)
昨日書いた事との関連で一つ興味深い話。

多重人格という精神病はこれだけ良く知られるようになってなお、専門家ですらその存在を疑う人がまだ存在する。この病気の存在を疑わないにせよ、とにかく非常に奇妙な現象が存在している事は確からしい。

それはこの精神病が、始めにこの症例が報告された地点から、まるで伝染病のように広がっていった事だ。このためこの精神病は医者達の幻想の産物であるとか、患者の演技ではないのかといった点で未だに疑いを持たれているのだ。

しかし同時にこの精神病が実際に存在している事もどうやら疑う余地もなさそうで、それ故に専門家達は首をひねっているらしい。もちろん、日本でいうきつね憑きのように実はこの精神病との関連が考えられるような現象は世界各地に昔からあったのだが、多重人格という精神病として紹介されるようになってから多重人格者は爆発的に増加した。しかし演技であるとか医者の思い込みであると認められるのはごく一部で、被験者によって到底コントロールできないような多くの精神的なテストが彼らの持つ複数の人格が、実際に異なる人格である事を示すのだという。

結局この話の真相はこういうことなのだろう。

すなわち、人は気合で多重人格になれるという事だ。

恐らく人の潜在能力は僕らが思っているよりはるかに強力なのだろう。ただ、普通に生きていれば「多重人格になる」事など思いもよらない。医学が多重人格を扱うようになれば人がその可能性に触れる機会は多くなる。そうしてこの可能性に気づいてしまえば、一部の人間は演技などではなく真に多重人格になってしまえるのだ。
少年による殺人事件の増加に対する理由付けとして「暴力描写が頻出し死んでも生き返るゲームや漫画」によって死の重大性を理解できていないという主張がある。この主張はいろいろ批判されているけれど、少し毛色の変わった問題提起をしてみたい。

それは、「人は死んでも生き返る」と思っている人間は、わざわざ人を殺したりしないということ。人を殺すという行為の目的は、人におよそ最大限のダメージを与える事なのだから。

確かに死というものを理解していないために無邪気に人を殺してしまうというケースはあり得るだろうが、それにはそうとう特殊な環境が必要だ。死の意味を軽くする類の描写にさらされる事がそうした環境の形成に一役買うという可能性は否定はできないが、ともかく現段階ではレアなケースであるはずだ(これは本来の意味での確信犯という奴だ)。また、加減がわからずにやりすぎて死に至らしめるという事故性の強いケースも暴力描写の寄与を否定できないだろう。しかし、やはりこれもレアなケースだ。意図的に行われる殺人は基本的に激しい敵意の下で行われるか(保険金目的のように)明確な打算の下で行われるかのどちらかだ。いずれにせよ殺人という物は極端な行為であって、少年が主体であるからといってそこにどうにかして日常性を見出そうとするのは誤りである。

#京極夏彦の「おんもら鬼の瑕」はこのような特殊な環境を実際に構築しようとした小説なわけですが、不自然さ、人為性が色濃く残ってしまうという結果に終わりました。ってネタバレ?まあ関口先生にプロローグで見抜かれる仕掛けは仕掛けとは言わないということで。

確かに、暴力描写が殺人に対する精神的な障壁を引き下げているのは確かであると思う。しかしそれは、こうした描写にさらされると死の意味を軽んじるようになるということでは決してないのだ。それどころか、大抵の場合残酷性が増すほど暴力描写は問題視されるけれど、残酷性を増すという事は暴力によるダメージを強調するという事だ。もちろん、残酷性が増すほど暴力をふるわれた人間が生き返る事はなくなる。

実際に起こっている事は「それまで気づかなかった選択肢の存在に気づく」ということだ。

人が他者に対して激しい敵意を憶えた時、殺人という行為に至らない最大の理由は道徳でも倫理でもない。もちろんそれらは理由の一つではあるのだけれど、重要な事は、生まれたときには既に形成されていた社会的な道徳観や倫理、そして周りの人間の一般的な言動にさらされて人生を送ってきた人間は、単に「殺人という選択肢に思い至らない」という事だ。

僕らはあらゆる時点で自由意志に従って行動を決定するけれど、その際可能な行動のうちのほとんどの可能性を初めから排除し、非常に限られた範囲で行動を選択する。殺人はまさにこの排除されている選択肢だ。暴力描写はこの選択肢の存在に気づかせてしまう

特定の行為を唆すならばともかく、単に可能性を提示するだけならばそれは悪とは言えない。むしろ、選択に関する主体的な自由が存在する限り、可能性が増える事は「最悪でも0でマイナスにはならない」出来事だ。むしろ、殺人という選択肢に気づく前は、決して死の重大性を正しく理解して行動していたとは言えず、殺人という選択肢が目の前に現れて初めて人は暴力と死について思考する必要性に直面するとも言える。

しかしそうなった時に、状況によっては人は容易に殺人を選択してしまう。それが人の弱さという物なのだろう。そしてこの事実こそが人々の不安を掻き立てるのだろう。この事実に向き合いたくないという感情こそが、少年犯罪に分かり易い理由付けを求めるのだ。

なお、「殺人という選択肢という選択肢の存在に気づかせる」という点で最も影響力の大きいのはゲームでも漫画でもなく、犯罪報道そのものである。特に少年犯罪の報道自体が、無意識に「犯罪は大人の物」と見なしていた少年達にその可能性を提供した。そうなれば、「0」は「一定割合」とならざるを得ないのである。
スノー (2005/03/04(金) 12:49:22)
雪が降った日には独特の雰囲気があるものだけど、そんな感じが全然しないので、雨戸をあけてびっくり。今日はレポートを提出しにいかなければならないので、既に止んでいて良かった。
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