RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
200506 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 200508
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
テクストブック (2005/07/31(日) 22:26:42)
以前にも書いたように、多くの教科書では、いくつかの(何故だか多くの場合``三つの'')基本法則から出発して演繹的に議論を進めていくという``伝統的な''スタイルをとります。僕の知る範囲では、非相対論的古典(ニュートン)力学、相対性理論、熱力学では、「猿でも猫でも河童でも分かる」といった``易しさ''を売りにして読者を「分かったつもり」にさせる事だけに注力している類の書籍はほぼ必ずこの形をとり、評価が高く伝統的に参照されてきたような教科書でもこの形が多いようです。

#余談であるが、どうして日本の専門書は「よくわかる」「納得する」「三日で分かる」「入門」をタイトルに付けたがるのだろうか。海外の書籍を見ているとそちらはそちらで、「一体何冊``Quantum Mechanics''を書けば気が済むんだ!」と言いたくなるが、日本語の教科書を作る人は(タイトルに関しては多かれ少なかれ出版社、編集者も関わっていると思うのでそうした人たちも含めて)もう少しプライドを持ってタイトルくらい付けて欲しい。読者を分かったつもりにさせる所に妥協しないで、誠実な姿勢で書かれた教科書や分野名がそのままタイトルとなっている外国語の書籍の邦訳でさせ(おそらく出版社の意向で)このようなタイトルとなっている事が多い。

そうでない場合で、読者を分かったつもりにさせる所に妥協しない誠実な姿勢の下で書かれたような教科書の多くでは、あろうことか、物理的概念を数学的な記述によって``定義''します。量子力学の数学的な部分に重きを置いた教科書にはこのタイプが多いように思います。

一見、それらの数学的な記述にわりあてられた名前には物理的、経験的な意味づけがあるように思えてしまうのですが、それは全くの錯覚で、少なくともその文章の文脈においては、それらは単なるラベルにすぎないのです。このような教科書では、議論の厳密性には細心の注意が払われているため、慎重に議論を追う読者はその文章中で述べられている事項に関してはその正当性を確信する事ができる(あるいは誤っている点を明らかにして批判できる)し、曖昧な理解を求めている読者も、いざとなれば注意深く議論を追えるという確信の下で証明や計算の詳細を適宜飛ばして結果のみを参照できます。しかし読者はこのような形式の教科書によっては、その記述が如何なる点で実際の世界と結びついているのか理解する事ができません。

スポンサーサイト
(C)Copyright 2003-2007 by Ruke All rights reserved. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。