RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
200507 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 200509
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
リラティビティ (2005/08/30(火) 02:23:14)
相対性理論の、物理法則を記述する枠組みとしての側面に関して言えば、最も基本的な主張は、物理法則は、上手い事頑張ると、ローレンツ変換に対して不変に書ける、という事だ。この事は決して、物理法則をそのように書かなければいけないという理由にはならない

もちろん、実際にはそのように書くべきであるという理由は技術的な理由から消極的な理由、積極的な理由まで山ほどあり、事実上ほとんど選択の余地はない。このために、ローレンツ不変に書かれた相対論的な理論によって自然に定義されるような重要な意味付けを持った量で日常的に用いられるような概念と大まかに結び付けられるような物を、その概念の「名前」で呼び表し、その概念の物理学的な「定義」と見なすということを物理学は無造作に行ってきた。

しかし、いかに相対性理論的な物理法則が世界の本質的な性質を明快に表す唯一の物で我々が曖昧に用いているある種の概念の正しい定義を教えてくれるようにすら感じられるとしても、どんな物理法則も我々の経験する出来事とその物理法則の記述上での表現との相互的な「翻訳方法」が与えられて初めて意味を持つという事を忘れてはならない。
[リラティビティ]の続きを読む
スポンサーサイト
(C)Copyright 2003-2007 by Ruke All rights reserved. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。