RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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リョウーシリキガクニダイ (2005/11/29(火) 04:12:23)
清水明先生の一般向け記事が載っているので別冊・数理科学「量子力学の発展」を買ったんだけど、驚いた事に、以前考えた事がピンポイントで載っている。

一つは、学科の掲示板で電子は「原子核の周りをくるくる回っているのか?」という話題が出たときに、教科書的解答は、存在確率の分布が雲のようにどーちゃらこーちゃら、という話になるのだろうけれど、波動関数が波束の状態にある時、ちゃんと古典力学に従うという話はどんな教科書にも書いてあるわけで、適切に波束の状態を用意してやれば楕円運動すらするのではないか、そもそもある条件が満たされれば電子の状態は自然に波束の状態にあってまさに楕円運動をしているのではないか、という事だった。その時、不確定性関係に関する簡単な考察と(δEδt~hからエネルギーの不確定性はできるだけ小さい方が波束の持続時間が長いと考えられる。それは運動量の不確定性が小さいという事だから位置の不確定性は必然的に大きくなる。それでも空間的に局在した波束が楕円運動しているというような見方が可能なような時間発展が実現するためには、楕円運動の半径は大きい方が好ましい)固有状態が非常に密に分布しているという事から、束縛されているが(E<0)非常に高エネルギーなケースについてこのような事が期待できるかもしれない、と考えた。

で、正にその事が江沢洋「だれが原子内の電子軌道を見たか」という記事で扱われていた。しかもこの話題は何とシュレディンガーまで遡るという事だ。シュレディンガーは彼の波動関数が完全に粒子として振舞う、つまり不確定性関係で記述される広がりを持つだけで波束は崩れる事なく古典的粒子のように運動するという事を示したかったらしく、現代的な視点からは(というか分散関係のある波だから当然だが)それは全くあり得ない事だ。しかしいずれにしても、エネルギー固有状態が非常に密に分布する高エネルギーの束縛準位では十分良い波束が作れて一定期間崩れないようにする事ができるという考えは全く間違ってはいない。記事中では、球対象で動径方向に関してのみ振動する波束を作って、それが原点から離れたり近づいたりする振動の周期がまさにケプラー運動の周期と一致した、という実験について述べられていた。方向の局在化についての実験もあるという。

もう一つは、以前あまり深く考えずに書いた、量子力学では時刻tはパラメタとして扱われているとは言っても、時計の読みは物理量なのだから、Δt経つとΔt増えるような物理量を考える事は十分できるな、という事だ。そのような物理量を表す演算子Tは定数倍は適当に処理すれば[H,T]=iを満たす事がすぐにわかる。

で、この時はそこで止まってしまったのだけど、この本の中の記事に、「一般にTのような演算子があれば、エネルギーの固有値が連続的に任意の値をとる事になり、Hの正定値性や離散的固有値と矛盾するのである」と書いてある。これも、シュレディンガー、パウリの昔にまで遡るらしい。

#Hの正定置性と書いてあるが、具体的には固有値が最低値を持つという事。これは安定性のために要請される。

んで、まじかよ、と思って、次いで、大して難しくなさそうだから自分で確かめてみようと思って、次いで、そもそも証明するまでもなく明らかな事じゃん、と思った。これは清水先生の教科書で、古典論の正準変換に対して正準量子化の下で得られる量子力学が(そもそも一意でないので当然なのだが)不変ではないという事を説明するために極座標の動径距離rと正準共役なうんどう量p_rを挙げていて、この話題を説明するのにくどくど計算するのでなしに(ちなみに駒場四学期の演習問題でこのような計算があった)フォン・ノイマンの一意性定理で一発で片付けていた。今回もそれと同じで、こんなx,pと同種の交換関係が満たされるなんてことがあったら、Hの固有値スペクトルは直ちに[-∞,+∞]に決まってしまう!

これくらいは自分できちんと考えるべきだったな、と思ったのだった。
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(2005/11/29(火) 03:25:53)
続き。長いけれど、昨日のグダグダよりはましになったかな。ていうか昨日の文章はあまり必要ないかも。


コマバサイ (2005/11/28(月) 02:41:47)
昨日のうちにレポートを仕上げてしまって、今日は駒場祭で文芸部の店番。本郷に進学してからは、やはり駒場祭で知り合いに会う事も少ないわけだけど、高校の時の同級生だった某君とバイト先の先輩にお買い上げいただいた。本当にどうもありがとうございます。

んで、一号館のトイレが超きれいになっているし、図書館は改修しているし、楽しみにしていた三島は閉まっているし(ひょっとして閉業しちゃうのかな?)色々変化があって面白かった。
(2005/11/28(月) 02:37:54)
パラダイム続き。ずいぶんと長くなった。もう少し続きます。
ある種の問題意識があって一般性も持たせてだらだらと書いているのだけど、この問題に関する限り、立花隆はジャーナリストだ、の辺りから読めば意思の疎通には十分な気がしてきた。多分僕が何か勘違いしているとしたらこの辺、つまり講義の成立経緯(全く想像で書いている)とnucの意図している事だと思うので。

ユーゲン (2005/11/25(金) 22:36:53)
有限という言葉が0でないという意味で使われるのはどう考えてもおかしくないだろうか。あと、N->∞の極限で自由エネルギーを求めろと言われたら、無限大と答えたくなるのだけど。
パラダイム (2005/11/25(金) 02:45:18)
コメントへの返信の代わりに。前後編の予定(たぶん具体的な反論は後編に。これは準備)。

テツヤ (2005/11/24(木) 03:54:52)
3時に論文ヨミヨミ終わり。
11時にOHP作成終り
11時30分にOHP印刷終り
11時50分に配布用に紙に印刷終り。
13時10分に到着して発表

もともと徹夜はほとんどしない人間なので、シームレスに次の日にまで作業が続いたのは初めての経験だ。死ぬかと思った。

あと、図がたくさんある論文だったので図をババン、と出して簡単に説明を加えるという感じでOHPも発表の構成も超楽だったんだけど、それでOHPが20枚というあり得ない状況になったので(まともな時間で終わるわけがない)にゃんともかんとも。これでもっと切り詰めると単にやった事と結論だけを言うことになると思って結局全部やったんだけど、疑問の余地なく切り詰めるべきだったと思う(でも論理展開が相当に弱く、~が示唆されるという形の結論なのと、諸量や言葉の定義がめちゃくちゃ繊細で、結論だけ言っても意味がないんだよな。。)。

まあとにかく、分かり易い発表のしかたと、後は手の抜き方を学ばないとどうしようもなさそうだ。
パラダイム (2005/11/22(火) 00:27:00)
nucのところ
まあでも物理学科にいると物理学がパラダイムだって言われても反論できないなあ、という実感がある。何というか、教えられる事に反省を加える機会がないというか、十年前の学部三年生と今の学部三年生が統計集団としてほとんど同一であるというか。

多分科学(に限らないけれど)を外から見て議論するときにいろいろな事がかみあわなくなるのは、批判する人は実際上の問題点を挙げて批判して(まあパラダイム論は人にもよるけれど必ずしも科学を批判するものではないけれど)擁護する人は理想的で仮想的な科学を想定して擁護して、だけれど実際のそれを理想的で仮想的なそれに近づけようと努力している人はごく少数だというそこに尽きるのだなあと時折思う。で、そういう人たちが反省的な観点から実際上の問題を批判する側の立場をとって余計事態が混迷するという。

いずれにしても、立花隆とか個人に批判の矛先を向けるのではなく、こうした歪みを観察して自省の材料としていく方が建設的ではないかなあ。もちろん、あなたが言っている事は間違っている、と言う事が、お前は悪い奴だ、という意味に(発した方の意識にせよ発せられた方の意識にせよ)なってしまうというのは良い事ではないと思うのだけれど実際にはそうもいかないし。


んで、後は残り二枚分のノートをまとめてOHPを作る、と。。。学校でconclusionまでは読んだのだけどconclusionは読んでいないので結論をまだ知らないと。。。まあ、光物と透明物は好きなのでOHPを作るのは楽しい(色まで付くんですよ?すごくないですか?)。
サーティーン (2005/11/21(月) 22:16:22)
うわー、明日の11時まで後13時間もある!
ウギャー (2005/11/20(日) 13:57:52)
火曜日のゼミの発表の準備が遅々として進まず。昨日一日かけて二ページ(全部で12ページくらい)ある。背景知識が全くないのでAbstractとIntroductionを丁寧に読んでたせいなんだけど。まあ、レビュー論文ばりののりで背景がずらずらと説明してあったので非常に良く分かったけど。

次のModel & Simulationはすぐ終わると信じたい。。。
イグ・ノーベル賞 (2005/11/19(土) 23:12:15)
先日、東京駅で改札を出ると、天才がどーたら、ジーニアスがどーたらとやけに仰々しいイベントwやっていた。で、「IGノーベル賞をドクター中松が受賞。IGノーベル賞は1000人のノーベル賞受賞者が選ぶ、まさにノーベル賞のノーベル賞」とか書いてあった、一体なんだ!?と思ったのだけど。。。

あれって、これだよなあ。

IGノーベル賞自体は、研究にも面白さを、というコンセプトで普通スポットライトがあたらない研究を称えるというスタンスみたいだからゴールデン・ラズベリー賞などとは違って受賞が恥であるというようなものではない(皮肉をこめて賞を与えるケースもあるみたいだけど)。だからその受賞を喜んだり世に伝えたりするのは問題ないのだろうけれど、何だか意図的に誤解させるような表現がたくさんあった気が。というか、1000人のノーベル賞受賞者が選ぶ(記憶でうろ覚えだが)は嘘だよな。
ミズファイナル (2005/11/19(土) 04:53:07)
さて、二つ前の記事で、本来互いに関係のない科学的(あるいは科学っぽい)主張と、何らかの主義主張や思想を結び付けてしまうと、それらは相互に悪影響を及ぼしあって一蓮托生の状態になる、と書いた。
ミズスリー (2005/11/19(土) 03:22:50)
前回書いたように、最大の問題は、。「相手が嫌な思いをするから汚い言葉を使わないようにしましょう」と言う時には、ただただそれだけを真摯に言えば良く、(相手が嫌な思いをするという事以外に)それ以上のどんな理由付けも必要ないという事だ。
ミズツー (2005/11/19(土) 02:40:50)
水からの伝言に書かれている「水に良い言葉をかけながら凍らせると綺麗な結晶ができ、悪い言葉をかけながら凍らせると醜い結晶ができる」という内容が小学校の道徳の授業で使われた。この事についてネットの一部で広がった批判は、科学的な知識を良く持っている人によって行われただけでなく、そのような授業を受けた必ずしも専門的知識を持たない保護者からの問題提起も少なからず含まれていた。結晶の成長条件がどーたらという事以前に、このような授業それ自体が何かおかしい、と多くの人が感じたのだろう
ミズ (2005/11/18(金) 23:18:37)
しばらく前から、「水からの伝言」が話題になっている。
http://www.hado.com/books/page.htm
簡単に言うと、これは水を凍らせると条件によって美しい結晶ができる場合と、醜い結晶ができる場合があるという話と、そのような結晶の写真を集めた本だ。

エラー (2005/11/17(木) 21:17:56)
昨日のこれは全然違った。
>だけど、分子振動の話なんだから正定値性は当然として、対称行列ってのは一般に言えるのかなあ?
>ああ、そうか、古典力学の場合、僕等が始め作用反作用の法則として習う力に関する性質は、運動量の保存則そのものであり、つまりは、並進対称性だった。今の場合Hにクロスタームしかない事から分かるように、これは、重心系で記述しているというわけだ。重心系であるという事が、MやKが対称行列であるという要請になるんだな。

単にx_i x_j=x_j x_i (古典系にしろ量子系にしろ)なので、KやMには半分の自由度しかなくって、それを利用して対象行列にとっているという事にすぎない。
グンロン (2005/11/16(水) 01:11:10)
物理数学の表現論の講義で、既に指標とか直交性とかが全く追えなくなっているのだが(ていうか、既約表現への分解って、最大限ブロック対角化を頑張って行うしかないのだと思ってた・・・)分子振動への応用の所は理解可能なトピックに見えて、説明が全然わからなかったので真面目にやってみた。

結局、どうやら、H=M_ij v_i v_j + K_ij x_i x_jと書いている行列K,Mが対称行列でかつ正定値行列だという事を抑えれば(講義ノートでは言及していないし、多分授業でもきちんと言っていなかったけど)簡単な話のようだ。

だけど、分子振動の話なんだから正定値性は当然として、対称行列ってのは一般に言えるのかなあ?

ああ、そうか、古典力学の場合、僕等が始め作用反作用の法則として習う力に関する性質は、運動量の保存則そのものであり、つまりは、並進対称性だった。今の場合Hにクロスタームしかない事から分かるように、これは、重心系で記述しているというわけだ。重心系であるという事が、MやKが対称行列であるという要請になるんだな。
ヨワイソーゴサヨー (2005/11/14(月) 16:29:08)
μ粒子の寿命が、誤差の範囲を考慮しても、文献にある精密な測定値よりも小さく求まった。小さく測定される限り直ちに思い当たる理由があって、それは、負電荷を持つμ粒子は原子核にトラップされやすく、すると弱い相互作用による崩壊が起きやすくなる。この事は実験を指導してくれた教官にも説明されたのだけど、他の人の結果は文献値と一致していたり、大きめに出たりと一定していない。

せめて原子核にトラップされることにより寿命が短くなる程度が見積もれれば良いんだけど現状の自分の知識では(例え本で調べるにしても)無理だな、と思ってそのままレポートを提出した。何しろ弱い相互作用について具体的な事を何もしらない。スケールや到達距離についてすら知らない(小さいという事を除いては)。

なんだけど、寿命って、時間とエネルギーの不確定性によって評価できるのだから、どうにかなるんじゃないだろうか、と思った。でもやはりそれには、相互作用についての知識が何かしら必要かな。

初めに思ったのは、原子核にトラップされる事自体はクーロン相互作用によるのだから、
1.波動関数がギュッと縮まる
2.位置の不確定性が減少
3.運動量の不確定性が増大。よってエネルギーの不確定性も増大
4.寿命が減少
だったのだけど、ここでエネルギーと呼んでるのは、質量を含んだ相対論的なエネルギーである上に、相互作用項も含まなければいけない(だよな?)から、ちょっと見当違いか。
レポート (2005/11/14(月) 15:00:04)
最近ようやくレポートの作成が機械的に行えるようになってきた。で、特に図版の扱いについて自分の流儀をメモ。

・別紙に描いた図版の貼り付けは昔ながらの、チューブから出すタイプの澱粉糊で行う。手についてしまうなど、最適な解とは言い難いが、現状ではどんなスティック糊も完成度が低すぎて使い物にならない。レポートの枚数が少なく厚みの増加が気にならないのならば両面テープも良い。

・レポートに直接図版を描いたり、別紙に描いた後に直接切り取って貼り付けると、修正や訂正の自由度が著しく低下し、精神的な障壁も高まる。別紙に描いた物を常に保存しておき、コピーをとって貼り付けるべき。

・図版の位置に気を配ると手間が一気に増える。上図、下図などの表現を避けて本文からは番号で参照するという最低限の作法さえ守って、後はTeXに任せてしまうべき。どうしても位置が気になる場合は、sectionの始めにfigure環境をhtb指定で置くなどすると、改ページ後に章題、図版の順で配置される場合が多くなる。あるいは、hereスタイルファイルを用いて、全てH指定にしてしまうの、改ページが多くなるが、潔くてよい(最近はそうしてしまっている)。

・別紙に図版を描いて張り込む場合、レポートを書いていて図が必要になったら、まず図を描いてしまい、定規で図の高さを測って、figure環境の中に\vspace{#cm}と書いて領域だけ確保するようにすれば、レポートを書く流れが妨げられない。この事に限らず、何度も構成を検討したり、内容の見直しをしたりするような気合の入ったレポートが求められていない(あるいはそこまでする気がない)場合には、極力初めから最後まで一本道で作成するように心がけ、行ったり戻ったり、あるいは作業の分岐等を極力減らすべきだ。そうしないと、いくら時間があっても足りなくなる。ただしどれほど手間を惜しんでいても、最後の見直しは必須。

・とにかく最低限何が必要なのかを正確に把握する事(未だにここで最も失敗する・・・)。

でもいい加減手描きは限界だなあ。簡単なCADソフトでテクニカルイラストレーションを練習するかなあ。
ペイパー (2005/11/13(日) 17:13:43)
http://f18.aaa.livedoor.jp/~ruke/mypapers.htm
レーザーの実験の課題のレーザー発振系の数値計算ノートブック(MathReaderとかで見てね)と、演習レポートを掲載しておいた。レーザーの数値計算はインテリジェントなブラックボックスに丸投げなので正しいという確信は全くない(違う結果になったという人もいる)。
オクターヴ (2005/11/13(日) 16:26:21)
本当に、octaveとgnuplotに感謝。お気楽に使える超高級電卓っぷりが何とも言えない。狭い基準での使いやすさを前提にしいててダーティーな部分がたくさんあるけれど、使い易いフロントエンドがついているから、小さなベクトルや行列で動作を確かめながらスクリプトを書いていくってスタイルが定着してからは、やりたい操作がほとんどそのままスクリプトに翻訳できるようになってめちゃくちゃ使い易い。

できたレポートを見直していて、時間解像度が寿命の誤差よりもかなり大きくなっているのに気が付いたので、ヒストグラムの分割数をもう少し増やそうと思ったんだけど、一瞬で修正が完了してしまった。gnuplotでpostscriptのコマンドを使えるようになってから、labelやlegendを後で書き直す必要もなくなって、パソコン上でTeXのタイプセット→印刷でほとんど済むようになったし。最近ようやく資産が十分にたまって、相当に楽ができるようになってきた。

レポートを書くのはそれなりに手間がかかるけれど、多分人間の僕よりも、octaveとgnuplotの方が何倍も働いているな。
レポート (2005/11/13(日) 05:20:43)
ようやく実験のレポートが終り。データに誤差をつけるって操作は考えるべき要素が多すぎて頭がごちゃごちゃになるし、何しろ面倒だし、僕等学生の実験だとどうしてもごまかしが多くなってしまうしで全く好きではないのだけれど、測定や実験の結果が初めて具体的な意味を持つ瞬間だから、終わってみると何だか嬉しくなる。値に愛着がわくというか。

まあ、誤差の範囲でより精密な既知のデータと正しく一致する事なんてほとんどないんだけどね。
エラー (2005/11/12(土) 20:29:43)
二つの試料のうち一つのデータがうまくとれなくてエネルギー較正を一つのデータで行った(注:つまり何もしないのと同程度の意味しかない)というのに誤差の考察なんぞをつける。面の皮の厚さが何とも言えない。ていうか結果も良くあっているので、たまたま原点が結構一致していたのだろうとは思うけれど。どれだけ一致していたのかは誰にも分からないわけで。
ドリーム (2005/11/12(土) 00:57:36)
昨日書いた、この世界が上手く出来すぎているという違和感についてもう一点。

この世界と夢の世界とどっちが現実なんだろーね?というのは、それこそ老子(だっけ?)にまで遡る、変わった考えに見えて実は超ポピュラーな考えなわけだ(皆子供の頃一度くらい考えた事あるよね?)。特に、夢を見ている時、相当に浅い眠りの時でないと、それが夢であるとは考えないという事が、我々が目がさめている時にこちらが現実だと考える事に意味がないように感じさせる。

だが、それでもやはり、我々はこの世界こそが現実だと容易に確信できる。それほどに、そう、奇妙なまでに、この世界は現実的に過ぎるなのだ。

物理を曲がりなりにも学んでいる人間としてもう少し踏み込んで言えば、夢の中で実験を行って夢の世界がローレンツ不変性を厳密に満たすある一連の物理法則に(あるいは全く別の物理法則でも良いけれど)厳密に従っている事を見出した人間が、一体全体、いるだろうか?それにも関わらず、この世界は、我々が知る限り完璧な整合性を持っていて、我々に対して意地でも綻びを見せない。

この、不可解なまでの整合性を理解しない限り、我々はこの世界について何かを分かったと言う事はできないだろう。
メタフィジクス (2005/11/10(木) 01:00:28)
物理学を学べ学ほど(というほど学んではいないが)感じる違和感を一言で言えば、「好きなように世界を創って下さい、と言われて、厳密にローレンツ不変性を持つ世界を創ったり、厳密に量子論に従う世界を創ったりする奇特な奴はいないだろう」という事だ。

だからこそ、物理学は経験科学と言いながらも、できる限り物理法則に理由を求めようとしてきたのだろう。熱力学と統計力学の経験が教えてくれる、マクロな現象はミクロな法則の詳細に余り依らずに相当に決まってしまう、という教訓は熱力学に対する安心感とそれはおそらく重要なのだろうという直感を与えてくれる。つまり、物理学はこの世界を扱う学問であるにも関わらず、熱力学が他の世界でも大体成り立っているだろうという感覚に、少なからない人々が意味を見出している。

しかしだからこそ、量子力学や相対性理論のような、大体基本法則と言っていいような法則に対する違和感は相当な物だ。これらの主張はあまりに強すぎて、綺麗だ、美しい、と言ってただ賛美していれば良いような物でもないし、実験事実を正しく説明するという伝家の宝刀で正当化すればすむような物でもないように感じられる。

この世界はあまりにも上手く出来すぎている。そして、物理学は余りにも成功しすぎている。その上、我々はどうして物理学が上手く行くのか何もしらないのだ。私には、この世界がいくつもの選択肢のうちの一つであったとは信じ難い。むしろ、何かこの世界の本質的な特徴づけがあって、それを満たさせるためには世界はほとんど唯一に定まってしまうとしか考えられない。そしてその特徴づけとは、おそらくは、物理学の方法が通用するという事とほとんど同値であるのだろう。

というわけで、50年後くらいには、数学を始めとした自然科学の手法を物理学そのものに適用した、meta-physics(多分現在でもこう呼ばれる分野はあると思うけれど、この文脈に関する限りまだないと思う)が流行って真のToEへの道を開くのではないかと夢想するRukeでした。

結局、その存在が非自明な概念は、存在概念そのもの以外にはなくて、神様は「存在」さえ創ってくれれば良いんだよな。というか、神様が一生懸命に世界を創ったとして、それとは無関係にどんな世界でも存在できるわけだ。その世界が可能である限り。この世界がどうしてかくあるのかを理解しようとする行為に最終的な答えが与えられ得るとしたら、世界がどう創られたかとか、世界がどうあるかという事を考える先にそれはなくって、どのような世界が可能であるかどうかを考える事が全ての鍵になるだろう。
ドクター (2005/11/10(木) 00:34:08)
だいぶ前から、博士やポスドクを増やしたら、結局余った、どうしよー、というしょうもない話を聞く。で、需要もないのに外国に博士の数自慢でもするためだけに数だけ増やして、馬鹿じゃないのか、というような批判も見るけれど、やっぱり根本的な問題は数だけ増やした事だよな、と思う。

きちんと十分な水準が保たれていれば、国内での新しい需要だって生まれるだろうし、国内でポストが足らなくても国外にいくらでも仕事はあるというようになるはずだ。科学技術の分野での国際競争力をつけるためといって博士を増やしたはずなのに、国際競争力を持たない博士を量産しているのが問題なだけだ。

ロースクールの話もそうだけど、閉じた社会の中での役割分担の比率だけを調整するっていう非合理性が問題だ。それは結局、限られた期間や限られた空間における格差を広げるだけで、しかもその期間や空間から一歩外に出れば、不整合性から歪みが露わになる。

博士を増やすってのならば、やるべき事はただ一つで奨学金を増やすなどして、努力しさえすれば誰でもその取得に挑戦できるような枠組み造りのはずだ。しかし実際には、国立大学の学費は年々増え、社会の階層化が問題視されつつある。

国、社会と個人の役割分担をどうするかってのは難しい問題だ。それは結局、お金や資源の使い方を誰が決めた方がよい結果が得られるかという事にすぎず、例えば税金が安い方が嬉しい気がするのは、自分の裁量の範囲内で決まった物事ならば諦めがつくという程度の事にすぎない。

だけど、個々人に負担を負わせながら、国の発展のため、よりよい社会のため、という大儀を無造作に押し付けてくるのは本当に頭にくる。

この博士を増やしましょう運動の顛末はまだ良い方で(学費の問題を除けば、少なくとも物理学科に関する限りは、昔と今で特に何かが変わっているわけでもない)、ロースクールの話とかは本当に聞くたびに理不尽な話だなあ、と思う。
ディラックイクエイション (2005/11/09(水) 01:21:53)
うわっ。天下り的に与えられる慣習に従ってディラック場の構成を進めていったら、本当にディラック方程式が出てきた。しかもこの流れの中では大した意味がないと。

覚え書き:既約な場について調べると言いながら、固有順時ローレンツ群の可約な表現による変換性を持つディラック場が出てくるのは、それが電子を記述するという事もあるけれど、空間反転まで含めると規約だから。そして12.3に、低いエネルギーで近似するときくりこみ可能な理論を調べると幸せになれる理由が書いてあって、12.5にくりこみ可能性の要請が非常に強いために、厳密に成り立っているかどうかにかかわらず自動的に成り立ってしまう類の対象性があって、電磁理論の反転対称性はその一つだと書いてある、、、ようだ。
ジョージャイ (2005/11/07(月) 23:07:48)
ジョージアイ買っちまったよ。。。でも、例が豊富で難しいというよりも意外に面白そう。表現空間の元を表すのにケットの記法をわざわざ使っていたりと「物理やのための」ってスタンスが妙に鼻につく部分もあるけれど。

つまみ食いしていては意味がなさそうなので冬休みに本腰を入れて読むかも。

ていうか最近、数学が、共通言語としての役割を正常に果たさなくなっているからな。。。今日物理数学の小テストで、群の元で共役なg1, g2の指標が等しい事を言えって問題で、僕の知らない、群の元に大して定義される「指標」があると思って投げてしまった(まあそれ以前に群環のただの分配法則の計算にかなり時間をくってしまったのもあるんだけど)。こんなん、自分の中で標準的な語法をしっかりと知っているっていう確信があれば、表現を考えていてその指標の事を言っているなんてのはすぐに分かるわけで。。うーん、良くない。


あと、方々で評判が良い数理科学11月号を買ってみた。この手の薄くて高くて一般向けともばりばり専門家向けとも言い難い微妙な雑誌達って、夏休みの宿題の感想文的なスタンスで書かれている記事が多くて、少なくとも買って読む気はしないのだけれど、今回のは確かに興味深い記事が多い。「統計力学におけるゼロ」田崎晴明 とか、対象読者をどこに置いてんだ?って感じですごい。モデルの本質的な所以外をがしがし削っていったら統計力学にほとんど全く言及せずにすんでしまう、という感じか(それは副産物で、基本的なテーマは相転移の背景にある数学的事情の一面を簡潔に紹介する事だと思うけど)。
ジッケンカイセキ (2005/11/07(月) 02:09:14)
octaveとgnuplotに超感謝しつつも、データが糞なのでどうしようもない。。。駄目だこりゃ。
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