RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
200511 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >> 200601
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
キャット (2005/12/31(土) 16:16:50)
これ見て思ったんだけど、いわゆる「波束の収縮」って、射影測定による(理想)測定の定式化を波動関数の言葉で書いた物って思っていたけれど、そうではない、あるいはそういう積もりで喋ったり書いたりしている人がいても、どうしたって勝手な先入観を持って捉えられてしまう代物であるようだ。

それとやっぱり、観測問題を「量子力学の暗黒面」と呼ぶ発言が出てきてしまったりしている。とはいえ議論している(この発言の人を含めて)人達のレベルが高いので、的確な突っ込みが入っている。多分現状でこの種の発言にきちんと突っ込みが入るような集団というのは、超上澄み層だけだ。もし物理学科の学生がこういう話をしたならば、正しい答えにたどり着く事はできたとしても、観測問題に対するメルヘン、ファンタジーな感情は確実に、正される事なく増加するだろうなあ。

多分、今の物理の特に量子力学に関する部分は未だに、新しい事を考える能力とは別に、基本的な理解をきちんとしているかどうかが大きなアドバンテージとなる状況にあるように思える。それはつまり、僕ら新規参入者が超有利という事だ。その上、そもそもめちゃくちゃ面白いわけだから、量子コンピュータ・量子情報や、量子力学という枠組み自体に対する基礎研究(それこそ観測問題、etc.)が流行るわけだ。

そんな幸運な状況はそうそう長くは続かないだろう。初学者が最初に読む教科書に書いていてある(べき)事を理解しているかどうかがアドバンテージになるなんていう状況が続くわけがない。そしてこれらの分野は面白く意義深いと同時に、明らかに難しい。観測問題をやると頭が狂う、一生を無駄にすると言われた昔とは今は全く状況が違い、それは物理の一問題としての難しさだが、だからこそ、能力のあるなしによるギャップはめちゃくちゃ大きい。考えてみれば、シュレディンガーの猫を考えていれば観測問題を考えている事になった時代というのは能天気な時代だった。観測問題は、理解が進んでそれが物理の研究対象として扱えるようになってしまってから、急激に難しくなったと言えるだろう。

だが、今は少なくともそういう状況だ。それは僕ら学生にとって非常にラッキーな事だろう。
スポンサーサイト
アクマ (2005/12/29(木) 04:13:51)
風邪で体調がまだすぐれない。。。

あと、太陽と月くらいまで付けますから、この件どうですかね?悪魔の皆さん。

いかんな、体調が悪いと気が弱る。
シーピーテー (2005/12/28(水) 04:02:27)
冬休みには読もうと決めていた本が何冊かあるのだけれど、風邪がひどくてにっちもさっちも行かない。だけど時間を無駄にするのも癪なのでワインバーグを進めて、一般の場の所とその次のCPT定理まで行けた、、、、、。

間違いだらけなんですけど(汗)。

いやまあ、この手の本で間違いがたくさんあるのは当然だしだからこそ計算は自分で実行し、議論は検討しながら読んでいるわけだが、以前の記事でベタ誉めしたこの本のハイライトである所の、「場の、生成・消滅演算子を用いたexplicitな表現」が間違っているってちょっとそれは悲しすぎないか。

どうやら、直前の計算までは正しくって結論だけが間違っていて、これは係数関数u,vを別々に書く場合と一つにまとめて括る場合の表記がごっちゃになっているようで、自分のノートでは本文との違いに気が付かずに前者の流儀について(正しく)書き下して次に進んでいたので、C,P,T変換性の議論の所で意味が通らない所にたくさんでくわして散々悩む事になるまで気が付かなかった。そういうわけでこの、場のC,P,T変換性の議論も細かい間違いがたくさんあった(まあ計算は一本道なので問題はないが)。

ただうん、物理の本に間違いが多いのは、途中の計算は概略だけ示せば自分で確かめられるから本を書くときは結果しかチェックしないため、という事を何度か聞いた事があるけれど、自分の経験上、計算や議論は正しいのに、何故か結果は正しくないことが書いてあるってケースがやけに多いんだよなあ。ひょっとして意図的に仕込んである罠だったりするんじゃないだろうか。

その後のCPT定理の所も、正規順序形とC,P,T,演算子との関係を整理しないと理解できない事に気が付くまでに時間がかかってしまった。はしょりすぎだ。説明が実質1ページ。。。

で、ここではC,P,T演算子が存在し、それらに関する対称性も成り立つとしてCPTの保存を導いているのだが、これらの前提がなくてもCPTの保存を「信じる立派な理由」はついに分からなかった。C,P,T対称性が満たされる相互作用を構成する場によって作られているC,P,T対称性が個別には成り立たない相互作用でも、CPTが保存するって事なら分かるのだけど。
カゼ (2005/12/27(火) 14:30:44)
バイトラッシュがようやく終わったと思ったら、風邪を引いてしまった。つらい。。。

この世界を全部差し上げますから誰か私に無病息災永久の命を。
カニ (2005/12/26(月) 00:37:20)
親が旅行でいない時に親の実家から蟹が送られてきて、説明書を見ながら必死に包丁を入れるはめになった。旨かった。
ロッテリア (2005/12/24(土) 20:01:27)
ロッテリアのクリスマスチキン。
6個で1000円。
10個で2000円。
え?と思って良くみたら、10個の方には、ハローキティーのお皿がついてくるそうで。

お得なのかもしれないけれど、お得なのかどうか判断に困る売り方をしちゃだめだろう。
スピン (2005/12/23(金) 00:08:37)
この休みには読んでおきたい本がいくつかあるのだが、その前に結構な期間止まっていたワインバーグの場の本を読み進めた。というのも、次の節が、最も興味の惹かれる「一般の因果律を満たす場」であるからだ。この節は明らかにこの教科書の構成における一つのハイライトになっていて、オプショナル扱いになっているがここを飛ばすのは滅茶苦茶もったいない。

そのハイライトっぷりを列挙すると、、、

まず、粒子を記述する場の全てがスケールを除いて一意的に決定される様は爽快であるだけでなく、その議論が(いくつかの飛躍はあるにせよ)完全に形式的に遂行され、角運動量とクレブシュ・ゴルダン係数といったむしろ初歩に属するような基本的なツールが決定的な場面で何度も顔を出す様は、物理的な本質が明快に描き出される場面とは全く別の種類の興奮をもたらしてくれる。

また理論の記述に場の微分は必ずしも必要ないが逆に与えられた粒子を記述する場を一つ固定して他の場は全てそれを微分して得る事もできるという注意は、単独では些末な物であるかもしれないが、スカラとして変換するハミルトニアン密度を構成するためにまず「斉次ローレンツ変換の下での既約な変換性を持つような空間座標を変数とする粒子の消滅演算子と半粒子の生成演算子の線形結合」を作り、それを場と呼ぶという全体の流れからすれば自然で意義深い。

スピンとボース粒子/フェルミ粒子の別の関係が空間的な二時空点で場が交換または反交換するという「因果律の条件」から形式的な計算だけによって導かれ、その「因果律の条件」は(名前に反して因果律とは必ずしも関連せず)ローレンツ不変性を保証するためのほとんど不可避的な(ただし必要条件であるとの証明があるわけではなく、のみならずもう少し弱めることもできる。)条件で、それは結局時間に依存する摂動論(これは初歩の基本事項だ)が時間積分と時間順序積によって書かれているのでスカラハミルトニアン密度の空間積分で相互作用を作れば積分は四次元体積積分になってローレンツ不変で、残りの時間順序積をローレンツ不変にするために因果律の条件が必要となる。この一連のめちゃくちゃに強固な論理的繋がりは、まるでスピンと統計性の関係が世界を作る上での技術的な制約から生じているかのような錯覚すら覚えさせる。

そうして最後に、「高スピン粒子の問題」について、「場の理論のこの導入の下では初めから起きるはずがない」として斬って捨てている。ここでも再び、理解の進歩が初学者の教育に還元されるという素晴らしいプロセスが誠実に実行されている。

一つだけ分からないのは、最終的にスピン行列とクレブシュ・ゴルダン係数だけで完全に一般化される以上、ディラック形式の導入にクリフォード代数から入っていったのは、むしろ流れから外れるのではないだろうか。まあ自分にとってレベルが高すぎたというだけだけど。やっぱりスピノルに真面目に触れるのがこの本が初めてだなんて人間はあんまり想定されていないんだろうな。
ファンヒーター (2005/12/22(木) 02:40:07)
今日の豆知識:ファンヒーターを止めるには叩くだけで良い。グッドインタフェイス!

、、はどうでも良くて。

何故だ。二三冊あるはずの相対論の本が一冊も見つからん~!後、ローズの角運動量本に、何故ウィグナーの3-j記号の話が載っていない。仕方がないからとあれやこれやと計算していたらめちゃくちゃ時間がかかってしまった。
ハイパボリック (2005/12/21(水) 22:07:18)
必要に迫られてソーキョクセンカンスーのカホーテーリをちまちまと計算。

sinh(a+b)=sinh(a)cosh(b)+cosh(a)sinh(b)
cosh(a+b)=cosh(a)cosh(b)+sinh(a)sinh(b)

素朴にはcosh, sinhを指数関数で書いてやって、まずsinh(a)cosh(b), cosh(a)sinh(b). sinh(a)sinh(b), cosh(a)cosh(b)を全部書き出し、かぁっと目を見開くと作れる。説明の仕方は他にも色々あるだろうけれど(cosh(ia)=cos(a), sinh(ia)=isin(a)が一番綺麗かな?)

ちなみに、微分方程式の一般解で、Aexp(iwt)+Bexp(-iwt)は、Acos(wt)+Bsin(wt)と同等でさらにAsin(wt+d)とも同等というのはどんな本にも書いてあるけれど、Aexp(wt)+Bexp(-wt)の形に関してはこのままにしておくのが普通だ。もちろんこれはAcosh(wt)+Bsinh(wt)と同等であるが、cosとsinの場合のように位相が半分遅れていて直交する関数であるという意味が見出し難い等の理由からこの表示は余り行われないのであろう。

ところで、Aexp(wt)+Bexp(-wt)においてA=BやA=-Bはcosh(wt)やsinh(wt)だ。しかし一般にはAやBにこのような関係はない。すると、例えばグラフを書いてみた時、一般には色々な形がありそうに思える。ところが一方で、Acosh(wt)+Bsinh(wt)と書いてしまえば、これはAcos(wt)+Bsin(wt)と明白な類似性を持っている。すると、三角関数の合成と同じ議論によって、このような一般解のグラフの「形」は非常に限られているのではないかという予測が立つ。

実はこれは正しい。双曲線関数の場合の合成公式は三角関数の場合と全く同じに導かれる。ただし注意しなければならないのは、cosh^2-sinh^2=1であり、|cosh|>|sinh|であるという事だ。三角関数の場合、sinとcosのどちらにまとめるかは自由であった。sinにまとめられる事が多いような感覚はあるが、実際にはいずれも用いられる。しかし双曲線関数の場合、どちらにまとめるかは自動的に定まる。

Acosh(x)+Bsinh(x)の合成を考えよう。三角関数の合成の場合を思い出せば、基本的なアイデアは、これを加法定理と比べる事だ。ところが今注意した事によって、|A|>|B|の場合比べられるべきはcoshの加法定理であり|A|<|B|の場合比べられるべきはsinhの加法定理である事になる。すなわち
|A|>|B|の場合
+-sqrt(A^2-B^2)cosh(x+a)
と合成される。ここで符号はAの符号であり、aは|A|/sqrt(A^2-B^2)=cosh(a), +-B/sqrt(A^2-B^2)=sinh(a)を満たすようなaである。
|A|+-sqrt(B^2-A^2)sinh(x+a)
と合成される。ここで符号はBの符号であり、aは|B|/sqrt(B^2-A^2)=cosh(a), +-A/sqrt(B^2-A^2)=sinh(a)を満たすようなaである。

ただし例外として|A|=|B|の場合には、単一の指数関数に合成される事になる。

すなわち、Aexp(wt)+Bexp(-wt) or Acosh(wt)+Bsinh(wt)の形の全ての関数のグラフは、cosh(wt), sinh(wt), exp(wt), wxp(-wt)のいずれかを上下にスケーリングし左右に平行移動した物である(ただし指数関数の場合上下のスケーリングと左右の平行移動に違いはない)。この結果及び、双曲線関数の合成が可能であるという話は余り知られていないのではないだろうか?あまり言及されない理由、つまり大して重要でない理由はいくつか見当がつくが、個人的には素朴で面白い話であるように思える。
マーフィー (2005/12/21(水) 16:32:59)
二乗して1になるから+1か-1かしかありません、という議論が物理の本でしてある時、ほぼ確実に(結論はともかく)間違っている
カラー (2005/12/20(火) 18:50:06)
前前回の記事同様にたまには極論を断言してみようシリーズ

先日頑張って数学物理の授業をフォローしていたとき、クオークに世代毎に色をつけているページを見て「ありゃっ?クオークのカラーって世代の事だったの?そんなん聞いた事がないぞ。」と疑問に思いつつ何だか信じてしまってそのまま進めていって滅茶苦茶混乱してしまった(*カラーSU(3)はSU(2)で記述されるスピンと同様の、粒子の内部自由度の対称性です。)。

で、それはまあどうでも良い事なのだが、最近思う事として物理学の教科書は、図版をできる限りカラー(巻頭の口絵ページでも可)にすべきではないかと思うのだ。

理由は単純だ。物理は現実の世界を扱っていて、この世界には色があるからだ。

良い例が下に挙げるホログラフィの本だ。

この本には印刷会社の協力で、いくつかのホログラムの実例が付いてくる。ホログラムの通常の写真と比べた時の特殊性と言葉だけでそれを説明する事が難しい事と、レインボーホログラムのイメージだけが広く流布してしまっている事を考えれば、これはホログラフィの解説書の最低条件とすら思える。しかし実際には、そのような解説書は他に(知る限り)見当たらない。物理学上及び工学上のホログラフィへの興味は、主として測定技術としての応用に向けられていて、その他に工学的に冗長性や多重記録性がしばしば興味の対象となるだけで、その精細かつ直接的な立体写真技術としての側面には(少なくとも解説書を書く上では)余り興味が向けられない事を考慮しても、ホログラフィが何であるかを端的に伝える事が可能なホログラムそれ自体(しかも現在では印刷技術との親和性が高い大量複写技術がレインボーホログラムのエンボス法による複製に限らず確立されつつある)を提示する事を怠るというのは受け入れ難い事だ。

これは一般の理工書でも言える事だが、印刷上の制約から情報の伝達をけちるというのは良い事ではない。特に問題なのは、これほどvisualizationの技法が進歩した現在ですら実数1変数 vs. 実数1変数のプロットに多くの文献が縛られている事だ。それは、この制約が、研究それ自体すら狭めてしまっているのではないかという疑いを抱かせる。
グループ (2005/12/19(月) 15:41:05)
やっと物理数学追いついたー。小テスト解けたー。ふう。

しかしなあ、めちゃくちゃ広い一般論をしているように見えて、分類が出来てしまうというのが驚きというかたくさんの強い制約を見た上でも直感的な納得がいかないというか。もっと広い話題として、有限単純群の分類ができてしまったというのは数学者にとってすごい出来事だっただろうなあ。まず、完全に分類できたというのが驚きであると同時に、超強力なツールを整備できたという喜びであるのだけど、同時にその結果があまりにも箸にも棒にもかからないような結果で困惑するという感じで。
テキストブック (2005/12/19(月) 02:25:01)
物理学は急ぎすぎなんだよな。新しい教科書は、より現代的な視点からより明快に議論を行う事ができるはずなのに、実際には、「良く分かる、猿でも分かる本」ばかりで、ちゃんと学ぼうとすると必ず過去の定評ある「伝統的な」教科書を頑張って読み下す事になるのは何かがおかしい。物理学は古典文学じゃないんだから。

アカデミズムの基本は知識を消失しない事だ。だから、過去の教科書とか、あるいは過去の論文に当たってみるという事が必要なのは確かだ。

しかし全体的な状況を眺めて見た時、

・学生達が新しい教科書で十分な理解を得る事ができると考えてそれらを読むだけですませていて、時々誰かが「分かった積もりになっているだけかもしれないし、過去の仕事から学ぶ事も必ずあるはずだから、過去にも目を向けようぜ」と言う

というのは自然な状況であるように感じられるのに対し、

・「真面目な」学生は例外なく伝統的な難しい本を頑張って読み下し、そうでない「不真面目な」学生は基本的な要点をより難易度の低い解説書で学んでお茶を濁す

という状況は、歪んだ状況であるように思えるのだ。

あるいは、現状、いわゆる教科書という物が、いくらかの傾向の違いこそあれ、ほとんど難易度順に一列に並んでしまっているように感じると言っても良い。本来それらは、何が書いてあるかによって分類され、自分が知りたい事が書いてある本を選択して読むというのが本来であるはずなのに。

だから僕にとって、清水明先生の量子論の教科書とか田崎晴明先生の熱力学の教科書であるとかワインバーグの場の量子論の教科書であるとかは、特別の地位にある。それらは全てある問題意識、目的意識の下に書かれていて、それは常に、共有される事によって初めて著しい意味を持つからだ。

そんなわけだから僕は、回りの人達がいつもランダウランダウディラックディラック言っているのを聞くと、どうしても反発してまう。しかし実際には、このような新しい教科書だけで勉強しようとするミーハーな姿勢では、三秒で行き詰まるのも事実だ。そもそもこのような明確な問題意識を持って書かれた教科書というのは、教科書というスタイルをダシにした、同僚の研究者達への提言という性格が強いのであって、後続が続かなければ意味がないのに、実際には「素晴らしい教科書が出た」と賞賛されるだけで、単発に留まるのが常だ。そうしてこのような新しいスタイルが大学の講義に反映されるのには途方もない時間がかかる。

いっその事、10年間に2年間、教科書を書くだけの期間を設けるというのはどうだろう。

もう一つの超荒療治は、10年間に一回、突然全ての現役の物理学の研究者達が、「うっそぴょーん」と言い出す事だ。理想的に言えばもちろん物理学という物は大学の先生達が正しいよと太鼓判を押してくれるかどうかに関係なく厳然と存在する物であるが、取り残された学生達は実際に過去の仕事に徹底的に反省を加え、再構築を行い、その理想を実現する必要性に直面する事になる。

いずれも、数年間に一回、整理と再構築を強制的に行なう仕組みを物理学に取り入れるというアイデアだ。後者は、世代交代の強制実行というおまけつきでなお良い。研究者を全く集団として捉え、長期的視点で見た場合、これは確実に物理学の理想的な形での、そして今よりもむしろ早い進歩を促し、しかもその正当性すらもより強固な物にするのではないだろうか。

まあ、無理に決まっているけれど。でも、ノーベル賞の候補リストに入っているような人達は、全員が今からの余生を教科書の執筆に尽力してもいいんじゃないだろうか。
スクリプトゾクゾク (2005/12/17(土) 04:09:13)

自己相関関数を計算するところで、パワースペクトルS(w)を一度計算している関係上、それを逆フーリエ変換して計算していたのだが、これだと、周期畳み込みになって厳密にはよろしくない。というわけで、octaveのfftconvを使ってfftconv(data,flipud(data))./[-(N-1):1:(N-1)]のようにして計算する事にした。でもまあ、時定数の1万倍の時間に渡る時系列データなので時定数の数倍程度までの相関については、何も変わらなかった。

あと、このfftconvを使う時に気が付いたのだけど、今まで、自己相関関数=自分との畳み込み、と誤解していた。そうだよな。畳み込みの場合、一方の変数は逆方向に走るんだよな。始めfftconv(data,data)と書いたら摩訶不思議な結果が出力されて困惑してしまった。

あとは、ねじれ振動子の熱振動のデータか。冬休み突入前にレポートを書く計画は実現するだろうか。

ところでこういったデータ処理をしていると、50000個のデータのfftなど何の問題にもならない(一瞬で終わる。)ということが分かる。一方、例えば始めに自己相関関数を定義に従ってナイーブに計算するのを試したのだが、これはメモリの使い方によっては簡単に死ねるし、そうでなくても既に相当な時間がかかってしまう。ある程度の高級な数値計算環境では、fftはbuiltinの機能で簡単に使えるのが普通だから、結局、記述の簡潔性と抽象性がいっぺんに実現でき、その上高速になるというのだから、なるほど使わない理由など何もない。

#あ、地震だ。

自分の復習のために、以前に書いたfftの方法が端的に了解されるシンボリックなフーリエ変換の表記をもう一度。 本質的な違いは何もないけれど、樹形図を一生懸命書いて、ほーら計算が重複しているでしょう?って説明よりも、より明瞭なアルゴリズムの説明になっていると思う。

エッシャー (2005/12/17(土) 02:06:47)
http://www.darumouse.com/index.html

方向センサーを用いた新しい&メタリックなポインティングデバイス。

現在のコンピュータ関連製品というのは、十分慣れて熟練した後に実際に使い易いかよりも、使い始めた時にとりあえず簡単に使えるか、すぐに慣れるか、が重視される傾向が非常に強い(普及するための要因としては当然の事ではあるが)。マウスというのは、特にそうしたデバイスであると僕は考えていて、つまり、理想的というには程遠いデバイスであると思っていて、トラックボールを常用している。しかしこれはこれで、マウスよりずっと不満が少ないが理想的というには程遠い。

そういうわけでこのような、全く新しいアプローチのポインティングデバイスというのは、基本的に超支持します。しかもこれは結構有望そうだし、自己完結している``閉じた''デバイスであるという事がデザインに直接的に反映されているのも素晴らしい。新しい技術を製品にするとき、その技術についてくどくどと説明しても消費者に伝わるわけがないわけで、デザインを通じて自然に、端的にそれまでと何が違うのかを主張するというのは素晴らしい事だ。

値段が安いのもグッド。

#ついでに言うと、最近のスタイリッシュを謳うようなパソコンに多いデザインと技術が完全に分離している姿勢は好きになれない。つまり、ガワを工夫して作って誤魔化しているだけというやつ。例えば光学ドライブにカバーを付けてケースデザインの一貫性を保つなんてことをしていても、トレイが出てくれば、中には汎用のドライブが入っているのが丸分かりというようなやつ。あれは最悪だ。フロッピーやカードリーダーにまでカバーをつけるのが最近の流行のようだが、アクセス性を殺して、誤魔化して格好よさを演出するというのは邪道にもほどがある。

ただ実際の操作性はどうなんだろう。どうしても浮かして使う事になりそうだけれど腕が疲れそうだなあ。マウスゼスチャーのような感じで、マクロ入力デバイスとして使うと良さそう。
キヨミズ (2005/12/17(土) 01:27:26)
随分とアクセス不能だった清水研究室のページが復活していた。
http://as2.c.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
どうしたんだろう?
スクリプトゾク (2005/12/16(金) 00:51:23)
いくらか改良した。パワースペクトルはどの程度詳細が失われているかが明確ではない平滑化を止めて、ヒストグラムにした。
#ところで平滑化をする時に、(1,1,1,,,1)のようなベクトルとパワースペクトルとの畳み込みをとる事になった。そのために昨日バージョンではfftconvを利用していたのだが、これにfftとついていることからもわかるように、これは、フーリエ変換をする前の時系列データにある関数を乗じている操作そのものだ。で、これって窓関数って奴そのものじゃないか、と思い、octaveにはbartlettとかhamming,hanningとか色々ついてくるので、それをかけてやれば勝手にスペクトルが滑らかになるのかな、と試してみたのだがどうもうまく行かない。これらの窓関数って離散的なスペクトルを観測する事に主眼があるようで、この目的には適さないようだ。。。って理解で良いのかな?

せっかくだから出力結果。これが二分で生成される。わはは。自分が偉くなった気分だ。偉いのはoctaveだけど。
ブラウンモーション (2005/12/15(木) 01:26:33)
実験が超トラブって、5時間かけてデータが一つもとれず、明日再トライすることになった。まあこういう事があったほうが実験らしい。いつもお膳立てがされすぎていてブラックボックスだらけだから。

で、それは良いとして、仮にも物理学科でブラウン運動を、単に熱振動という意味で使うのは酷くないだろうか。他のメンバーによれば、数学の方面なんかではブラウン運動というのは完全にランダムウォークという意味で使われているそうだが、しかししかし、物理では何よりもまず、熱振動が間接的にどうにかぎりぎりマクロに観測できる形で現われる、件の水に浮かべた花粉の運動の事であるはずだろう。テキストを見るまでそっちをやるのだとばかり思っていた。
スクリプト (2005/12/14(水) 05:31:59)
ブラウン運動の第一日目は、ぬるそうに見えて48000サンプリングポイントの時系列データを16種類取るので、解析と整理が糞大変だ。

んで、octaveとgnuplotのスクリプトをずんだか書いた。でっちあげ終わって見ると、(48000サンプリングポイントの時系列データのヒストグラム、パワースペクトル、自己相関関数の表示+パラメタや統計情報付きでのepsファイルへのプロット(三つの図が縦に並んだ形になる))x16が二分で済むようになった。かけた手間をかけたらこれは素晴らしい事だ。

再びgnuplotとoctaveに感謝。高級言語だが抽象言語ではないというのは、やっぱり重要だなあ。

あと、これはC言語の標準ライブラリの実装の問題なんだけど、printfの書式指定で%.3gとした時に、末尾の0が落とされるのはひどくないだろうか。何だか広く知られている謎仕様の一つのような気がするが、知らずにはまった(というか解決せずに放置)。あるいは合理的な理由があるのかな?

というわけでポリシーを曲げて書いた超ダーティーなスクリプトを載せておく。例えばこれをthermalnoise.mとしてbashでfor name in *.dat;do octave -qf noise.m dataname=$name;doneしてぼけーとしていると2分でプロットがだーっと生成されるのじゃ。
ウエイブファンクション (2005/12/13(火) 00:20:04)
大学一年の時、構造化学の授業で``波の方程式のド・ブロイの関係式を用いたシュレディンガー方程式への書き換え''をやった。で、その時は、そんなあほな、と思った(というか、少なくともこの手の議論を演繹的な導出と見なすのは誤りだ)のだが、最近少し考えが変わった。

現代的な視点から量子力学の枠組みの中で波動関数やシュレディンガー方程式を自然に特徴づけるならば、それは、正準交換関係のシュレディンガー表現という事になるだろう。フォン・ノイマンの一意性定理を背景にヒルベルト空間を明示せずに議論してその位置演算子のデルタ関数で規格化された固有ベクトルによる展開係数を波動関数とするとしても良いし、あるいはヒルベルト空間としてL^2空間を採用している(つまり波動関数が状態ベクトルそのもの)と見なしても良い。いずれにせよ、この視点の下では、相対論的な波動方程式をシュレディンガー方程式を真似て作ってみて(クライン・ゴルドンね)、まともな確率密度と確率の流れが構成できないという困難に直面し、それを解決するために``因数分解''してディラック方程式を得、スピン自由度が自然に出てきたとか反粒子の存在が予言されたとして喜ぶという歴史的な流れは、どうにも位置付けようがない。シュレディンガー方程式がヒルベルト空間上での固有値方程式を表している以上、二回微分がある事に問題意識を持つというのは理解し難い事だ。

しかしディラック方程式の重要性は疑いようがない。

そうしてその``導出''を眺めてみると、それ自体は、ディラック方程式が何であるのかについては何も言っていない事に気が付く。

つまり、ある時期の、この種の``波動関数''を相対論的時空の各点への値の割り振りという意味での「場」として捉えようとする混乱や、確率密度と確率の流れがまともに定義できるかどうかが主要な論点となる状況を継承する必要がないだけで、「電子場とでも言うべきもの」が満たすだろう方程式をひねり出してみるというプロセスには十分に意味がある。重要なのは、そうして得られた物が物理にどのような形で登場するのかは、その時点では何も分からないという事を意識する事だが、意味が明らかでないものにはまた必ず何らかの意味があるだろう。

そしてシュレディンガー方程式の``導出''に戻ってみると、それは「波を特徴付ける量を物質を特徴づける量に書き換えて、物質波の従う方程式とでも言うべきものをひねり出す」というプロセスであって、その動機には十分な正当性がある事に気が付く(歴史的にも大体似たような事が行われたわけだし)。それは例えて言うならば次元解析に似ている。次元解析が直ちに何かを意味するわけではない。しかし次元解析が何も意味していないという事もほとんどない。シュレディンガー方程式の場合も、その意味を限定せずに、``物質を特徴付ける量(特に質量)によって記述される物質波の方程式とでも呼ぶべき何か''と認識する事は決して無益な事ではない。実際その下でクライン・ゴルドン方程式とかディラック方程式への道が繋がる。そしてそれは実際にクリアーな視点が得られる前の混沌とした時代に歴史が辿った道そのものだ。

ところで、そうして考えてみると、量子力学の枠組みから自然に導入するという事の代わりに、ほとんど次元解析のノリでシュレディンガー方程式を``導く''事ができるのだから、シュレディンガー方程式と形式的には全く同じ方程式が、量子力学の通常の文脈とは全く異なる思いも寄らない所で出てくるというのは、案外あり得そうな事だと思うのだがどうなのだろう?
オオー (2005/12/11(日) 22:16:03)
今日の教訓。デルタ関数には単位がある!
セルフコンシスタント (2005/12/11(日) 01:01:19)
self-consistentを自己無撞着と訳した奴に乾杯。
セキュリティ (2005/12/09(金) 01:15:23)
「ウハ、三井住友銀行の素晴らしいセキュリティ教室」

確かに素晴らしい。大体ネットワークセキュリティのお話は、ハッカーというとんでもない能力を持った集団が超自然的な力で攻撃を行っているかのように扱われがちで、それは完全に、商売人の都合だ。つまり、それによって何かが起きたときに責任を負わないですむし、またセキュリティ関連の商売を行う上でも責任を負う事なくいくらでも金を搾り取れるようになる。

しかし一般の利用者にとって、こうすればもっと安全性が高まる、ああすればもっと安全性が高まるなどと「上級者への道」を説き、あまつさえ「安全性と利便性のトレードオフを見極めて必要なレベルを判断しろ」などと言い出す始末の「セキュリティ講座」は全くもって無意味だ。

本当にセキュアな状況を実現しようと思ったら、単純で一貫性のある指針を提示する必要があるのは明らかだ。状況判断やスキル、またより高度なアプリケーションやソフトウェアの導入を求めるような議論が出てきた段階で、それは業務など一定の拘束が有効な個々の狭い範囲を除いて、全く無意味になってしまう。

で、長い間「時代の流れに乗ってWEB上でのサービスを始める」という事だけに注意が行っていて、まさにビジネスを如何に成り立たせるかという視点でしかセキュリティを捉えてこなかった銀行が、こういう風に消費者側の視点に立って望ましい行動の指針を提示するようになったというのは素晴らしい事だろう。特に、こういう解説を掲載するということは、このような方針で行動する限り利用者が不便をこうむる事がないように、銀行側が注意を払わなければいけないという事であるのだから。

あと、特に素晴らしいのは、電子署名が正しく検証された場合に、さらにそのWEBサイトが信頼できるのかの判断を利用者に求めるという事をしていないという点だ。

電子署名それ自体に関連して「信頼される/されない」という言い方がされる事があってややこしいのだけど、電子署名が保証するのは、あくまで、そのWEBサイトが確かに、そのWEBサイトが主張している所の、実体性のある団体・組織によって運営されているという事だ

だからそれは決して、そのWEBサイトの安全性を保証するわけでない。そこで良くある「セキュリティ講座」では、電子署名によってそのWEBサイトの身元が明らかになった後にさらに、それがまともな団体であるのかどうかを注意深く判断せよ、という。

怪しいサイトを利用しないというのは、確かにセキュリティを確実に向上させるけれど、そういう事を言ってもほとんど意味がない。利用者が知りたがっているのは、どんなサイトが安全に利用できるのか、ではなく、どのようにすれば今から利用しようとしているサイトを安全に利用できるか、だからだ。

特にこの手の怪しいサイトを利用しないようにしましょう、という言い方は、非常にしばしば、「うちは怪しくない、良い組織、良いWEBサイトだ」という認識を伴って行われてきた。それはむしろ、市場競争の一環として行われてきた節すらある。

しかし、ウイルスやスパイウェアといったWEBの利用に伴うトラブルを、「怪しいサイトを利用するからそういう事になるんだ、自業自得だ」という風に捉える風潮は、例えばトラブルに際して人に相談しにくいというような形で無闇に状況を複雑にしてきたし、サービスを提供する側の責任を常に曖昧にしてきた。

しかしそうやって企業や組織の責任というものがなおざりにされてきて、しばらく前の価格.comの事件のような事が起きれば、到底誠実な対応は行われないのだ。

だから、電子署名に関しての指針はやはりまず第一に、きちんと検証を通らないケースではサイトの利用を取りやめるという事で、それ以上を言うべきではないと思う。それはつまり、WEBサイトの安全性に、それを運営する組織が責任を負うという事だ。銀行が、そのような価値判断を求めず、署名の検証が通らなかった場合にだけ注意を喚起するという事は、技術によって正しくその銀行のサイトである事が保証されれる状況でそのサイトを利用する利用者に対し、銀行自体が一定の責任を負うという事の間接的な表明であると言える。

まあ、そうは言っても、まだまだ組織、企業側の責任というのは明確にしようとする段階にすらなっていないというか、なかなか議論になりにくい状況なんだよなあ。

WEBサービスの提供、というのは、国際的な流れに乗り遅れるな、という危機感の下で進められてきたという側面があるし、そうなればどうしたってビジネスが成り立つかどうか、という視点が支配的になる。そうやって、利用者、消費者にばかり責任とリスクが押し付けられてきた。いいかげん、状況が好転してくれないと困る。
インフティー (2005/12/08(木) 03:08:25)
そういえば、うちのTeXは
\infty
は∞になるんだけど、KaTeXの色づけ規則で色は変わるのに、
\inf
は通らないんだよな。ナゾ
インフィニティ (2005/12/08(木) 02:53:53)
前にも書いたと思うけど、物理の世界では、r->∞とかN->∞とかいう表現が非常に無造作に使われる。んで、こういうのを見るたびに、おいおいそんな極限とったら発散するだけじゃん、とか、収束しねー、とか思うわけだ。

僕は、物理の議論で数学的曖昧さがあるのは、別に構わないと思っている。ただしそれに無自覚でなければ。んで、r->∞とかは、簡潔かつ記号的すぎて、何だかそこにある式を、やけに偉く装ってしまう気がする。それで、漸近的振る舞いを議論しているのだという当然の事はもちろん認識していても、その振る舞いが成り立つ目安のスケールはどう評価されるか、というような事に注意が向きにくくなって、十分大きい時にそれが成り立つかどうかという議論に終始してしまいやすいように思える。

ってのが、明後日に迫った量子力学の中間試験の勉強しながら思った事。つまり、散乱問題なので、r->∞という書き方が非常に良くでてくる。

んで、別にそれをどうにかしろというわけじゃなくって、第一、こういう書き方がされている時に収束先の話をしているのではなくってそれらの量が十分大きい時の漸近的振る舞いの話をしているのだと考えないやつはいないだろうけれど、思ったのは、こういう書き方が多いのは、
「rが十分大きい時に」
と書くよりも
r\to \infty
と書く方が圧倒的に楽だというそこに尽きるという裏の事情があるのではないだろうか、という事。

これが英語だと、
if r is big
で済んで、そしてその稚拙な言い回しのおかげで、漸近的な振る舞いを扱っている事は一目瞭然であるだけでなく、bigというその目安となるスケールが曖昧なままである事が、何しろ言い回しが明確に曖昧だから、当然の事として了解される。

まあ、今やっている散乱問題の場合、日本語でも「遠方で」という言い方があるんだけど。英語だと、in the distanceかな?

日本語は、漢字のおかげで単語の創出能力には優れているのだけど、些末な付加的な情報を記述するのにも結構長くなってしまうのが欠点だな、とか思ったのであった。

ちゅうわけで、=の下にr->と書くならば、~の下にif r is bigと書いた方が良いのではないだろうかという提案でした。

厳密を帰す代わりに曖昧である事を明確にするというのは、我ながら良いアイデアであると思う。
ゼミ (2005/12/06(火) 17:53:36)
今日のゼミナールは、ポジトロンを使うと真空っぽさが測れますよ、というお話。うん、勉強になった。何が勉強になったって、three halvesで3/2なんですね(笑)。三枚葉って何だ~?とか思ってた。ていうかそれはleavesじゃないかと。

例のごとく、プロジェクターにパソコンの画面を映すのにもたついたのだけど、家に帰ってから不安になって自分のノートで試してみたら、外部出力ができなくなっている!おいおい。この前のドライバアップデートがいけなかったんだな。

んで、始めのドライバに戻したのだが、そうすると、クローンモードというか、ミラーモードというか、LCDと同じ内容を外部出力するという事ができない。確か出荷時の状態では画面の回転までできるという多機能な仕様だったのにそれも使えない。

チップはintelなのでintelのサイトから最新のドライバをもらって入れたところ、外部出力については、LCDのみ,外部出力のみ、クローンモードの三種をホットキーで行き来できるようになって、これは望みの動作だけど、画面のプロパティに標準的な内容以外何も出てこないようになってしまった。まあ、adobe readerに画面の回転機能がある事を知ってからは、ノートパソコンでグラフィックドライバによる画面の回転を使う事はなくなったのでいいっちゃいいんだけど。やっぱりパソコンの世界のドライバってつくりが甘いのと、バージョン管理が意味不明だよな。バージョンアップするたびに機能や仕様が全く別物になるやつが多すぎる。
ジョージャイ (2005/12/06(火) 05:18:01)
昨日一所懸命ジョージアイを読んでいったのだけど、くそう、小テストが、言葉の使い方からさっぱりわからんかった。白紙で書いたけど出席点はくるのかな?

でも、いずれにしても、この本、結構良いなあ。無理やりブラケット記法を使っている所を除けばだけど。例も充実しているし。六行六列の行列算を真面目に計算してしまったぜ。

でも本当、外国の本は、紙の質の悪さはどうにかならなんのか。

あと、本当にこうしてみると、ワインバーグ本では、その議論に必要最小限しか群論を補ってないんだなあ。それでもめちゃくちゃ強力なものだから、なんとなく偉くなった気分になっていたのはよくない。うん。
タチバナ (2005/12/06(火) 04:22:36)
http://d.hatena.ne.jp/nuc/20051129/p1
まとめろと言われたので。いいかげんに論旨は出揃ったと思うので主張だけを述べます。まだ簡潔とは言い難いかもしれないけれど。

アーベリアン (2005/12/04(日) 20:23:48)
可換であるってのは形容詞でAbelianだ。で、これってアーベルって人名から採られたと長らく思っていたのだが、ふと、ひょっとして、「可」すなわちableからきていたりしないよな、と不安に思った。

ていうか大文字で始まるしそんなわけないよな、と調べてみたらやっぱり人名、というかまあ超大御所なわけですが。あと、よく考えたらableとじゃ綴りも若干違うわな。

ちゅーか、カインに殺された有名人もいるな。
イロイロ (2005/12/02(金) 01:11:12)
ほとんど図版だけへの興味からサイテイションリストをダーっとさらっただけで下の記事を書いたのだけど、ちゃんと見てみたら結構でたらめ。直接リンクを張っている文献は、電子が二つある場合を扱っているのだな。

いずれにしても冬休みにちょっと自分で試してみたいトピックではある。固有状態の厳密解が解析的に書けて、微分を含まない漸化式で次々と生成できる特殊関数達で作れるから、水素原子ハミルトニアンの下での時間発展の数値計算って、ユニタリー性の困難も糞もない、めちゃ簡単なお話だ。まあ何も見ずに自分でできるのはキューメンチョーワカンスーまでだけど、ラゲール多項式も本を調べればどうとでもなるだろうし。
(C)Copyright 2003-2007 by Ruke All rights reserved. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。