RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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フルード (2006/01/30(月) 01:22:32)
ぐわ~、リュータイリキガク~。
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シケン (2006/01/28(土) 02:25:16)
今日の試験は、バイトがあって途中退出しなければならなかったんだけど、思いの外簡単で全部解いても時間が余ったくらいだった。

それにしても、第二量子化って言い方はよろしくない、ってのはあちこちで言われているし、それは主義的な問題というよりも、単に「第二」でも何でもないという話なのだが、全くもって無頓着に第二量子化って言葉が使われる上に、完全に「波動関数を量子化する」っていう形で話が進むのはすごく嫌だ。
エイチツーエー (2006/01/27(金) 00:11:38)
ちょっとソースが見つからないのが、どこだかで、「H2Aロケットは六号機の失敗の後に~十箇所に渡る改良を加えた」という記事を見た。

この、改良個所が多いという点を好意的に取り上げると言うのは、ちょっととんでもない話だ。はやぶさのプロジェクトのような資金的にも技術的にも時間、人的資源についてもぎりぎりの所を押していくチャレンジャブルなプロジェクトならばともかく、H2Aの場合将来的には商業的な運用も見込んでいる、信頼性、安定性が最重要であるプロジェクトであるからだ。

もし本当に改良すべき個所がめちゃくちゃ多かったならば、六号機以前の成功は全てただのラッキーであって、完成度、信頼性等の評価がまともに行われてはいなかった事を示す事になる。この場合こ~んなに改良しましたよ、と言っている場合ではない。問題にすべきは体制、運営の全体そのものであり、それは抜本的に改善されなければならない。

もちろん僕は、六号機の失敗に至るまでに、人々が最善の努力を払わなかったとは思わない。むしろ、ほとんどの人は望み得る最大の労力をつぎこみ、それぞれの良心と高い能力の下でプロジェクトの成功について一定の確信を持っていただろうと思う。

もちろんそれは限りある能力を持つ人間の確信であり、しかも定期的、商業的な運用を最終的に目指すとは言っても綱渡り的な部分を多分に持つ難しくかつ大規模なプロジェクトであるから、その確信はそう簡単に信用できるものではない。そして実際に六号機の失敗が起きたという事が見積もりの甘さを明確に示したことになる。

問題はこの場合すべき事は、何が問題であったのか、そしてできるならばどうしてそのような問題が見過ごされたのかを最大限明らかにするように努力し、それらを修正し、再び、成功に関する確信を回復する事だ。問題は、技術者達や少なくともプロジェクトに関して重要な判断を下すような立場にいる全ての人間が、十分な努力を払い十分な完成度、信頼性を実現できたと確信しているかどうかであって、改良点の多さではない。改良点がどれだけあろうとも、それは多すぎるかもしれないし、少なすぎるかもしれないのだから。

これほどの高度なプロジェクトになれば、人の判断などあてにできず、実際にやってみて経験を積むしかないという側面は確かにある。しかしだからこそ人の確信は最低条件だ。能力ある人間が良く確信していてさえあっさりと失敗しかねないプロジェクトで、人が成功について十分に確信できていないならば、一体どうして偶然以外の理由で失敗以外の結果が得られるだろうか。

改良点の多さを誇示する事の唯一の意味は、「こ~んなに頑張りました。だから怒らないで誉めて誉めて」という政治的アピールだ。そこに技術的意味はない。それどころか、もし、必要以上の改良が行われていたならばそれは、例えその改良が実際良い事であったとしてさえ、大きな問題になる。六号機の失敗以前に積み重ねられた実績と信頼性(そう、それは確かに積み重ねられた)を全く無意味なものにしてしまうからだ。

上の記事の出所がちょっと見つからないのだが、さすがに関係団体のオフィシャルな文書ではなく、どこかのニュース記事だったと思う。それに改良点の数なんて数え方次第でいくらでも変わるし、H2Aに関わる技術者達のレベルが低いわけはないから、本当にその改良が必要なのか、という点に関して常に徹底的に検討されたはずだとは思う。しかしながら、技術者達の判断よりも政治的な事情に左右されやすいという宇宙開発の問題点が端的に現われている例ではないかと思う。

何しろ本家のNASAが、プロジェクトが失敗すると、プロジェクトは続行するが予算は減らされるという不条理な悪循環に悩まされてきた歴史がある。

日本の宇宙開発も多かれ少なかれそうだった。H2Aの六号機の失敗の後の再検討と改良についても、失敗したという事だけに立脚する短絡的な非難だけでなく、「これだけ金を出してやるから、次は絶対に成功させろ。次に失敗したら二度目はないと思え」のような資金や資源が提供される場合にすら必要以上のプレッシャーに晒された事は容易に想像がつく。そうした中で、トップの人達は好むと好まずとにかかわらず「こ~んなに努力しましたよ」と分かり易い数値的なアピールを頻繁に行う必要があっただろうし、多分それはどこかで、「必要以上の改良」ももたららしているのではないかと思う。

#もちろん失敗した以上、あるていど風あたりが強くなるのは仕方ない事だ。しかし問題は、その金や資源が、本当にそのプロジェクトの成功を願いながら出されたのとそうでないのとでは、実質的な価値が桁違いに変わるということだ。

まあ、それでも、日本の宇宙開発は政治的なしがらみに関してはアメリカよりはだいぶましだとは思う。HOPEのプロジェクトの破棄は科学史に残る英断だろう。

ただ実はアメリカの宇宙開発というのは、明確に失敗していると言っても良いくらいで、定期的かつ商業的な衛星打ち上げビジネスとしてはヨーロッパの圧勝だし、有人宇宙飛行に関しては、ロシアのソユーズ宇宙船の実績はスペースシャトルと比べ物にならない。こういった所と比べると、やっぱり日本の宇宙開発は(現段階での成果という点を越えて)まだまだ見劣りする。官主導だろうと民間主導だろうと軍主導だろうと、何でも良いけれど、とにかく迷走だけはよくないよ、うん。
ケーサンスーガク (2006/01/25(水) 22:18:11)
計算数学のレポートが完了。んで、レポートレースは完走。にゃはは。試験勉強は、流体力学が肝だなあ。な~んもやってないからなあ。

大学でやる実験がどうしても面白く思えない理由がやっとわかった。実験と測定は似ているようでいて実は異なる概念であり、しかしそれらは滅多に区別される事がなく、それでもって、僕がやりたいのは実験であって測定ではないのだ。
ヨウヤット (2006/01/24(火) 02:54:30)
昨日のフラーレンの計算は、あれからめちゃくちゃ時間がかかってしまった。
さすがに馬鹿になりすぎたというかMathematicaに勝手な期待をしすぎて、ヒュッケル近似のハミルトニアンでαとかβとかそのままで固有値をシンボリックに計算させると、1時間くらい経過した後にエラーメッセージもなしに、計算を諦めやがる。疎行列を使ったりとあれこれ試してもうまく行かず、ようやく、αをxでβを1で置き換えて行列式=0の解xを見つけた時、固有値はα+βxっていう、ヒュッケル近似で本の中ではいつでも行われている事を思い出してそうしたら瞬時に答えがはじき出された。嬉しいのやら悲しいのやら。縮退度もちゃんと
http://www.nanoelectronics.jp/kaitai/c60/3.htm
にあるとおりになった。

結局ほとんどが根号一つで、少しだけ根号二つのやつがあるという感じで、六十次方程式なのにそんな事になるのだから、対称性だらけなのだろう。というかサッカーボールなので当たり前だが。これが手計算でできるようになったらさぞ楽しかろう。

んで、物理数学にはまじめに出るつもりだったのがこの計算が終わったのが朝6時だったので、授業には出ずに午後1時まで睡眠。午後に授業がないとこういう時にさぼるしかなくてあれだ。

んで、その後気合で電気力学のレポートを終わらせた。とりあえず一瞬で終わりそうな、電荷密度は四元ベクトルの第一成分として変換するが電荷がスカラーであることとどう整合するのか、っていう問題に意外に時間がかかって夜までかかってしまった。というのも、たぶん教官は電荷があちらこちらにばらまかれている状態で電荷密度を計算してやってローレンツ短縮との関連を見るってのを求めていると思うんだけど、この機会に、電荷の静止系で四元電流密度を(qδ(x),0)として、それをローレンツ変換してちゃんとqδ(x-vt)(1,v)が得られるのを確かめておこうと思ったから。要はδ関数の変換性を見るだけなのだが、見通しの悪い方法で突き進んでしまって無駄な苦労をしてしまった。

まあこれでレポートは後計算数学だけか。
フラーレン (2006/01/22(日) 19:16:20)
ゼーハー。
とりあえず実験学のレポートは終了。

んで、物質科学のレポートで、フラーレンのエネルギー準位をヒュッケル法で計算せよ、とか言われていてガリガリと計算。

http://www.chem.qmul.ac.uk/iupac/fullerene2/325.html
http://www.creative-science.org.uk/c60group.html
こういう情報を使うと、群論が分かっている人は三秒で終わらせられる話な気がするけれど、群って何それ?状態なので、チョー素朴に計算を遂行。

で、とりあえずヒュッケル法だから骨格さえ明らかにすれば計算の仕方で困る所はないわけで、気合でサッカーボールを潰してみた。

番号もつけておいたので(この番号も上で参照した文書に従うと綺麗につけられるのだろうけれど知ったこっちゃない)後はがんばって60x60行列でハミルトニアンを書けば良いというわけだ。なんだかんだでこういう計算はけっこう楽しい。わはは。馬鹿でもできる計算は馬鹿になってやるに限る。
シューア (2006/01/21(土) 20:20:08)
既約な表現の既約性について、ほとんどの場合書いてある事を鵜呑みにして証明に注意を払ってこなかったのだが、シューアの補題の逆を使うのが一つの定石らしい、、ってのはまあシューアの補題を始めて見た時から(注釈かなにかで書いてあって)知っていた事なのだが、ずっと避けてきたのでいい加減ちゃんと追ってみなきゃ。

シューアの補題の順方向は非常に強力で具体的な主張に直ちに繋がるのに対し、その逆を既約性の証明に使う場合、全ての表現行列と交換する行列が単位行列の定数倍しかない事を証明するという方針が得られるだけで、その具体的な証明は自分で考えなきゃいかん。大した事をするわけではないみたいなのだけれど、何だか食わず嫌いになってしまっている。
ケイオス (2006/01/20(金) 01:39:47)
雑記。

・学問・勉学に必要なものは気合健康だ。そしてそのどちらも僕に不足している。
・カオスの基本は、相空間上で軌道がある領域を埋め尽くす事で、指数関数的な初期値敏感性を定義とするのは気持ちが悪い。
・http://kmaebashi.com/programmer/pointer.htmlの冒頭にある「ポインタは難しいという伝説が蔓延するループ過程」の話は、めちゃくちゃ応用範囲が広い。とりあえず微積分、量子力学、熱力学、、、。この話のパロディーをできるだけ多くの事項に関して書けるようになることは、分かり易い目標になる。
・土建屋と政治家の癒着は、金銭的な利害関係以上に、後世に残る分かり易い「結果」を残したいというモニュメント願望を背景に持つために根が深い、という事が最近の小泉首相を見ると良く分かる。
ゼミ (2006/01/17(火) 23:28:50)
今日のゼミは柏キャンパスの物性研の見学とガラス転移の実験の見学。どう考えても本郷より環境が良いと思った。高所恐怖症の人間に対する試練がたくさんあるのがいただけないが。ああ、早く研究室暮らしになりたい。

つくばエクスプレスで秋葉原経由で帰ってきたのでついでに降りてみたのだが、9時半だとどこも閉まってるのね。
メジャー (2006/01/17(火) 01:06:57)
量子力学の普通の射影測定による定式化と、その仲間達(測定演算子、POVM)っていうのは、測定の定式化というよりも、量子系から引き出せる情報の上限を示している。

どんな自己共役演算子にも対応する実際に測定可能な物理量がある事や、その物理量の理想測定がいつも可能であるという事は正しくない。これらの定式化は、何ができるかよりも、何ができないかを表しているという側面がある。

例えば非クローン化定理というのがあるけれど、これは証明されるべき定理とは性質が違うものだ。というのも、もし、量子系の複製ができるなら、好きなだけ測定を繰り返す事ができるから測定に関する特別な制限のない単純なケースでは、位相因子を除いて状態ベクトルを完全に決定できてしまう。つまり、この定理は定理である以前に実験事実であり、測定が「状態ベクトルの決定」として定式化されない動機の一つだ。だから、非クローン化定理は、射影測定などの測定の定式化のself-consstencyのチェックであると言ってよい。もし量子系の復せが可能であるならば、このように測定を定式化する理由は何もないからだ。

そうやって考えてみるとこの種の測定の定式化は、実際には「測定の定式化」ではないという事になるが、物理的な測定の過程についての主張も確かに含まれている。測定の過程それ自体を通常のユニタリ発展で扱ったとして、どのような情報が取り出されるのかを知るためには、結局全体系に対してこの種の測定の定式化を適用してやる必要があるからだ。射影測定のような測定の定式化は、何らかの意味で本質的で、実際の測定の物理的過程をきちんと扱うアプローチにとって変わられるものではないが、そこに二つの異なる主張が混在しているというのが事態をややこしくする。そして、その二つが明確に分離されるのはまだ時間がかかるだろう。
ユカワポテ (2006/01/15(日) 04:20:31)
この前の演習のレポートで、湯川ポテンシャルで散乱微分断面積を第二ボルン近似まで計算しろ、というのがあって、球面波と平面波の球面調和関数展開を使って球面調和関数展開の形にして、動径方向の積分は箸にも棒にもかからずに積分を残したまま提出した。

#j_l(kr)h_l(kr)e^{-ukr}rの0から∞までの積分とj_l(kr)j_l(kr)e^{-ukr}rの0から∞までの積分の積になった。

んで、探してみたらそのままずばりの論文があった。
Phys. Rev. 82, 840–851 (1951)
On the Scattering of a Particle by a Static Potential
R. Jost and A. Pais

で、話としてもそんなに難しくはなく、空間座標でなく、波数(運動量)ので積分するとちゃんと積分が実行できるようだ。

そもそも散乱問題では、自由空間ハミルトニアンの固有状態の適当な完全系は自由空間ハミルトニアンをただの実数に化けさせるために使えるから非常に有用であるのに対し、空間座標基底を考えるメリットは実はほとんどないと言ってよいだろう。唯一の利点は相互作用がポテンシャルV(x)で書ける場合に、それを対角にする基底だという事だけだ。いやもちろん使うと便利な事もそりゃあるだろうが、問題は、波動力学のノリでずっと押し通すような教科書なり学校の講義に沿っていると、どうしても、過剰に空間座標基底に縛られてしまうという事だ。ボルン近似の場合、第一ボルン近似でどのみち自由粒子状態に関する行列要素を計算するので、その結果が簡単な形になるのならば、空間座標に固執する必要など全くなかったということになるか。

この論文、ひたすら算数をしているだけの論文なので、それなりに読む事ができたのだが、やっぱり積分の計算は鬼門だ、、。Mathematicaに助けてもらいながら途中まではどうにかフォローできたけど、最後のuの積分のところで行き詰まってしまった。でしかも、本文中に引用している積分の結果と、appendixでその計算の過程を示した上でかかれている結果が、異なっているんだよなあ。

積分は必ず積分できる「形」を系統的に整理する機会がなかなか持てないから、標準的な「過程を端折ってよい積分」とのギャップが中々埋められない。

でもまあこの論文の内容を見る限り、複素解析を真面目に勉強してさえいればそんなに難しくないって事みたいだ。

で、いくつかメモ
・第二ボルン近似で散乱振幅をO(V^2)で計算した場合、微分断面積は(O(1)はないので)O(V^3)まで計算できる事になるがO(V^4)まで計算しても意味がない。
・1/abc=∫_(x,y,z>=0)dxdydz 2δ(x+y+z-1)/(ax+by+cz)^3

後者の公式は、なんかファインマンの量子電磁気学の論文を参照していてびびったのだが、全く初等的な範疇で証明できる。できるんだけど、、、なんじゃこりゃ。すげー。
リプ (2006/01/13(金) 00:36:12)
そうそう、「数理科学」の昔の連載に「ローレンツ群の表現」というのがあるのを知って、図書室でコピーしてきた。無限次元の表現の基礎についても(簡単にだが)ちゃんとまとめられているのが嬉しい。
ネミュイ (2006/01/12(木) 20:22:18)
いつもより三時間早く寝て、六時間早く起きるなんて、無理に決まってる。。。

頑張って統計力学の授業を聞いて、帰ってきてばたんきゅー。これでまた夜目が覚めて眠れなくなるわけだ。

で、統計力学の授業は、線形応答の方で、トピックごとにフーリエ変換の定義が一々変わっていたのが面白かった。本からとってくるとき、一々定義を統一するのは間違いの許というわけだろう。

ランジュバン方程式の方は、明日の演習問題でそのまんまのトピックがあって、それをもう済ませてあったので、ノートをとらずに聞いていたら、何だかあからさまにおかしな結果がたくさん出てきて、慌ててノートをとりながら考えたのだけど、単に、摩擦力の項を0として計算しているために、熱力学的なあれこれに全然従わなくなっている、というだけだった。授業ではその後摩擦力項を取り入れて、結局摩擦力がない場合とは全く異なるまともな結果がでてきた。簡単化しすぎるとおかしな事になるというのは、熱的現象を考える上での基礎的な教訓ですね。

#どうでも良いけど、ガウス分布の規格化定数から一度だけπが抜けていた。やっぱり、規格化定数は適当にCとか書いてしまうのが一番幸せになれる方法だろう。分配関数をZと一文字で表す事にした先人の知恵は素晴らしい。

ちなみに線形応答は、授業に出ていなかったので全然分からない。
ジシャク (2006/01/12(木) 00:56:42)
http://japanese.engadget.com/2006/01/10/macworld-expo-live/
偉い~!
ノートパソコンの電源コードの接続って、どんなメーカも一律にL字型のジャックなのは本当にどうにかして欲しいと思っていた。ケーブルを足に引っ掛けるとPC本体がすっとぶという問題以前に、どう考えても、力学的なストレスが集中的にかかる構造になっていて、めちゃくちゃ危なっかしい。最近の電気ポットが採用している磁石でくっつくタイプの物にすべきだと常々思っていたのだがそのものズバリをappleが採用。こういった事って技術畑の人なら三秒で気が付く事だと思うんだけど(何しろ、単純に視覚的なレベルで物凄い不安感を生じさせるから)何で今までどこもやらなかったんだろう?やっぱりコストの問題かなあ。

まあそれにしてもmacの新型ノートはめちゃ高いのでとても買う気にはなれない。Intel版macがvmwareで走らせられるようになったら、OSは購入するつもり。
アルキメデス (2006/01/11(水) 23:49:00)
浮力の大きさを与えるアルキメデスの原理。原理というかその説明そのものでもあるが、それは以下のように説明されるだろう。

風や流れのない(平衡状態にある)液体や気体のある部分を取り出して考えてみる。これは、その質量に応じて重力を受けている。それにもかかわらずその部分が静止しているという事は、周りから重力を打ち消すだけの力を受けている事になる。これが浮力だ。

そして、今着目している部分をそっくりそのまま別の物質に置き換えてみる。すると、重力は、新しい物質の質量に見合っただけの大きさになるが、一方で、その周囲の状況はさっきと変わっていないから、もとの液体ないし流体が受けていた力をそのまま受ける事になる。

つまり、液体中の物体は、それが押しのけた液体が受けていた重力に等しい大きさの浮力を受けるという事になり、自分が受ける重力と比較した場合の大小によって、浮いたり沈んだりする。

この説明は簡潔で分かり易いように思える。しかし実は、見過ごせない飛躍のある説明でもある。それは、周囲の状況だけで、周囲から受ける力が決まると考える点だ。これは全くもって奇妙な考え方だ。というのも、重力にせよクーロン力にせよ、具体的な形が良く知られているような基本的な力はどれも、相互作用する二体の双方に依存するからだ。

ここで気をつけなければいけないのは、力が、及ぼす側だけの事情で決まるという考え方は、我々の日常的な感覚に非常に合致するという事だ。誰かを殴る時、その力の加減は、殴る側が自由に決める事ができる。もちろん力いっぱい殴ればそれだけ殴った拳が痛いということも我々は良く知っていて、これは作用反作用の法則そのものだ。そして作用反作用の法則は、力を及ぼす側、及ぼされる側、という区別に意味がない事すら示す。しかしそれでも、力を及ぼす側、及ぼされる側という区別、そして力が力を及ぼす側によって決定されるという考え方は我々の日常的な経験に照らして自然だ。この事は、二つの、全く正反対の注意を喚起する。

つまり、このような考え方が全くの思い違いであるかもしれないと真面目に検討する必要があり、同時に、このような考え方は何らかの意味で正しいかもしれずそれをきちんと明らかにしてアルキメデスの原理の説明を正当化する事、この二つの一見相反する議論のどちらも必要なのだ。

結局、熱力学の基礎的背景を持たない人間に対して冒頭のようなアルキメデスの原理の説明をするというのは、かなり誤魔化しを含んでいるという事になるだろう。
レポート (2006/01/09(月) 23:25:15)
くそう。レポート一発で受け取ってくれればよいのに。

まあ、プロットに直線でフィットさせたら傾きが計算した値と結構ずれたと書いた所で、計算値による直線も書いておいた方が比べ易い、と言われただけなんだけど、それとは別に、感想を書け、と言われた。

きちんと説明できないけれど、レポートに感想を書くのは絶対におかしいと、これは感覚的なものだけれどかなり確信を伴ってそう思っている。どうやら世間の、特に高校までの教育では感想を書くように指導するのが普通ではあるようだけれど、1,2年の教養課程の実験でも「感想をどーしても書きたければ末尾に簡潔に」というような言い方をしていてやっぱりそうだよなあ、と思っていたりした。

これ以降の実験の参考にしたいので、別の紙一枚にまとめて最後にはっつけておく程度で良い、というような言われ方をしたので、要はpaperとしての体裁の枠外での話という事だからそれほど反発はしない。しないけれど、う~ん、やっぱり、レポートに感想を書くってのは、何だかすごく気持ちが悪い。
カンリョー (2006/01/09(月) 04:01:01)
実験のレポートを明日だしに行かなければならないので、ついでに演習のレポートもやってしまった。疲れた。。。もう、散乱問題はいいよ。。。どうせ素粒子な人しか使わないんだから。
テーセー (2006/01/08(日) 19:50:35)
物理学演習IVレポート問題第二回のフリーエナジーの中の微分項は|dψ/dx|じゃなくて|dψ/dx|^2だな。というか、あれだ、ファイヨンジョーモケーとか言う奴。
リノーマライゼイション (2006/01/08(日) 00:37:12)
統計力学の繰り込みを(超)ざっと勉強しているんだけど、これって何だかなあ、と思う。

異なるスケールを繋いでいくっていう強力な「物の見方」という側面は確かにその先に何かがあるような気がするけれど、その実現としての実際の具体例があまりに稚拙に感じられる。そんな事で何かがわかれば誰も苦労しねーよ、というか。いやもちろん、繰り込みって大した事ないじゃん、って言っているわけではないのだが、むしろ、難しいが故にそういう感覚が強くなってしまう。何だかんだで計算技法としての側面が強すぎるんだよなあ。

で、たぶん繰り込みの考え方で特別に重要なのは、スケール変換以前の、あり得る相互作用の型の全てをパラメタ付けするって所だろうなと思う。
ウギャー (2006/01/05(木) 19:55:27)
時系列の生データを目で見るなんて一番はじめにするべきことじゃないか。。。緩和時間が異常に短くなっているなんていう、目で見るだけで気が付くことに気が付くのが遅れるってのはよろしくないなあ。
ウニットステップ (2006/01/03(火) 17:17:52)
良く考えてみるまでも泣く階段関数って名前は間違っているだろう。そもそも英語ではunitstepだから、明確な訳出忘れだ。

強いて日本語を作るなら段差関数かなあ。
ヤバイ (2006/01/03(火) 03:42:34)
進めども進めども実験レポートが終わらない。。。こんなに大変じゃない予定だったんだけどなあ。正月三が日を使って終わらなかったらいろんな予定がやばくなるぞ。
シンネン (2006/01/01(日) 19:51:48)
新年最初の日は、起きたら午後3時だった。ご飯食べたらもう真っ暗。。。いい加減に生活リズムをどうにかせねば。

そして、レポートをすっかり忘れてた~。今日で実験レポートを、明日で演習レポートを終わらせなければ。
ニューイヤー (2006/01/01(日) 02:41:41)
今年が人生の中で誇りを持てる一年でありますように。
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