RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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ビューティー (2006/04/12(水) 01:46:16)
数学は美しい、というような言い方は好きになれない。

例えば二次方程式の解の公式は醜い。これを綺麗だなんて言うのは正気の沙汰ではない。三次方程式四次方程式の解の公式に至ってはその醜さは嫌悪にすら値する。

そしてその醜さに最も我慢できなかった人間達こそが、ガロア理論という美しい構造を手に入れたのだ。その美しさとはどこかにふわふわ浮いている物ではない。それは人が勝ち取った物であり、数学者の誇りであり、その栄誉は数学にではなく、数学者に帰せられるべき物だと思えるのだ。どこかに「美しい数学」が存在して、それを探し求めるという姿勢では、何故こうも美しいのかという疑問に対する答えが与えられる事なく、数学者は常に不安を抱えながら、偶々美しい数学が存在しているという幸運に依存し続ける事になる。美しい数学を様様な場面で人が勝ち取ろってきたという誇りだけがこれからもそれが上手く行くという楽観を支持する。それは上手く行かせてみせる、という強い信念と同等だ。

数学の美しさに惹かれて数学を志す、こういったストーリーは、メルヘンチックに過ぎて、甘ったるい。これは物理でも同じ事だ。研究動機として誰もがまず一言目に楽しさ、面白さを口にする。これがあまりに牧歌的過ぎて僕には共感できない。最大限の評価に値するような結果というものは、現状の物理に対する強い強い不満、強烈な問題意識の下で初めて得られるのだろう。そういう、触れれば切れる抜き身の刀のような研究姿勢というものは現代では多分かなり難しい。
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