RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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トーカゲンリ (2006/05/01(月) 22:04:53)
Engadgetの
http://japanese.engadget.com/2006/04/30/force-dynamics/
の記事を見て、長年の謎が解けた。スターツアーズの加速度の演出って重力を使っていたのか!!!

->http://www.rba.jp/report/flight.html
そういうわけではないらしい。
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コーリテキカクリツロン (2006/05/01(月) 20:52:43)
というか、そりゃそうだよな。数学でも確率論はとっくの昔に公理化されていて、そこでもやはり``確率''の意味はもはや問題にされずに``確率''の満たすべき性質だけが列挙されているわけだ。だから量子力学の確率規則において重要なのは哲学的考察なんかじゃなくて、その規則が、そのような性質を満たしているという事のみだ。

ただこれは、元々狭い意味での確率という概念があってそこから本質的な性質を抽出した結果その性質を満たすもっと広範な対象も単に用語を継承してラベルとして``確率''と呼ぶ、という話ではなく、そもそもそんな狭い意味での確率なんて概念は幻想であるという点が本質だ。確率論が公理的に組み立てられているのは単にその方が一見確率っぽく見えないものまで扱えて一般性という観点から嬉しいというお話ではなく、それ以外の方法による確率という物の議論は(曖昧にすら)本質的に不可能なのだ。つまり数学の大抵の領域は、公理をあまり明確にせずその代わり対象のより具体的なイメージを基に議論ができる``初等的''段階が存在するが、確率に関してはそれはない。もちろん公理化される以前の段階においても誰もが確率を扱うが(僕は公理的確率論を勉強すらしていない)、その段階において確率という概念の実体はない。確率は初めから抽象概念で、自覚的に扱っていようといまいと、初めから公理系によってのみ特徴付けられるものだ。
ワイド (2006/05/01(月) 20:30:24)
そうか、確率的な法則というものは、決定的な法則よりも真に広いんだ。だから、その字面とは裏腹に、確率的であるという事の意味は説明できるような物ではない。ただ、実用上は、``確率''が1に非常に近ければほぼ実際に起こる事を表している、と見なす事が許される。しかし、これは決して、確率的な法則の定義ではない。そうして見ると、量子力学で確率規則を説明しようとすると結局また確率規則を適用する必要が生じるのは全く当たり前の事だ。

例外が、下の記事で書いたケースだ。しかし直感だが、これは少なくとも量子力学の確率規則に限っては正しくないだろう。
プロバビリティ (2006/05/01(月) 20:14:14)
確率法則が検証可能であるためには、ある確率の下限が存在して、それ以下の確率でしか起こらない事になっている事象が実際には金輪際起こらない、というようになっていなければならな・・・い???
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