RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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イーピーアール (2006/10/30(月) 02:16:43)
EPRがやっと分かったー。「古典的な世界観」はEPRだけが持っていたわけじゃないんだ。「曖昧な言葉達」は全てコペンハーゲン学派の言葉なんだ。だからBohrはすぐさま反論を書けたんだな。「誰も月を見ていない時、果たして月は存在していると言えるのだろうか」みたいな哲学っぽい主張による古典物理の修正として量子力学を解釈して満足してしまうとても科学的とは言えない姿勢をとっていた人々に対して、その修正が一貫した処方箋になっていないじゃないか、と批判したのがEPR論文だったわけだ。だから``incomplete''なわけだ。それでEPR criterionに基づくx,pは両方とも実在している、という議論が活きてくる。physical realityとかphysical propertyとかの概念の曖昧さはどうでも良くって、「我々が観測して初めて対象の性質が実在するというのが最新の哲学なのだよ、うおっほん」という人々に対してxもpも直接観測する事なく後に観測した時に得られる値を知る手段が存在するじゃないか、と指摘したわけだ。

#EPR論文を読んだ時、xもpもEPR criterionを満たす、故に両方とも実在しているという部分は数式を用いて``証明''が与えられているのに、「しかしまた量子力学によればxとpは同時には実在できない」の部分にほとんど説明が与えられていないのに違和感を感じた。その主張は実在という概念に依存するからだ。しかしなるほど、「xとpは同時には実在できない」とは確かに(ボーア等の)量子力学の主張なわけだ。

現代の我々から見れば結局それは、測定を一貫した方法で定式化すべし、という問題だと直ぐにわかるわけだけど、EPRの姿勢はむしろコペンハーゲン学派寄りで古典物理(特に時空の各点に数字が書いてあるという世界観)を修正を受ける余地はあるにせよ基本的な基盤と見なしていて、その上でボーア等の哲学的解釈でお茶を濁して満足してしまう姿勢に満足しなかったから``incomplete''と指摘したわけだ。4ページの論文を使って、まだすべき事と考えるべき事が残っているぞ、サボるな、と尻を叩いたわけだ。そりゃそうだ。確かに全くもってincompleteだよ。そんなの。

結局当時だって、確率解釈の登場以降状況が急速に整備されて(ちょっと歴史はよく知らないが)、哲学的解釈の意義は全く消え去っていき、Bohm等の整理によって問題は量子力学の確率的部分が時空の各点に書いてある数字に関する知識の欠落に帰せられるのかどうかであるという理解が形成され、Bellの不等式へと繋がっていくわけだから、まあEPR論文それ自体はやっぱり歴史的な価値は疑いようもないにせよ頑張って読んで量子論について何が得られるというような物ではない。せいぜい``complete theory''の可能性を提案して後の研究の動機付けになったというだけだ(いや、動機は一番重要なんだけど)。ただうん、当時の空気という物は良く分かった。

その代わり、EPR論文から正しい科学的姿勢に関する反省を得る事はできるだろう。「誰も月を見ていない時、果たして月は存在していると言えるのだろうか」に対する答えは「知るかそんな事」だ。学問領域の間に単に伝統的な理由だけから簡単に境界を引くべきではないのは確かだ。しかしまた、異なる学問領域はそう簡単に近づくものでもない。物理学が哲学をも扱えるようになったという幻想と、哲学が物理学をも扱えるようになったという幻想。それは両者にとってとても不幸な出来事だった。
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履修漏れの問題で、「生徒が受験に関係する科目に力をいれる事を希望した」というような「言い訳」が聞こえてくる。それに対する反応は大体、「生徒を言い訳にするとは見苦しい」という叱責かあるいは「でも確かに現場も一杯一杯だよね」という同情だ。だが、問題はもっと別の所にあるのではないだろうか。これが適当な言い繕いであるにせよもう少し実情に近いにせよ、一体この言い訳は誰に対して発せられた言葉なのか。教育委員会、政府、マスコミ、保護者。 教育の主体たる生徒達は一体どこに行ったのか

この問題で被害を受けたのは生徒達だ。他の誰も被害を受けてはいない。言い分けの対象は生徒達であるはずだ。「他校もやっているしカリキュラムの消化が厳しく止むを得なかった」などというのならば言い訳にもなるだろう。しかし「君たちの希望に沿っただけだ」は開き直りであって言い訳にはならない。しかもこれが責任逃れの言い訳であるかなどそもそも問題ではない。例えそれが実情であったとしても、それはそもそも全く理由として成り立っていない。生徒達が無用のリスクを背負わせられるはめになったというのがこの問題であり生徒達の利益のためだった、というのでは全く理由にならない。

問題は単純だ。生徒達が損害を被った。それだけだ。しかしその損害を適切に位置付け評価し補償するという事はどうやら今のところ難しいらしい。少なくとも社会的に言ってそれは全く行われていない。そうであるならばこれは裁判によって解決されるべき問題だ。社会の仕組みとして、その他の方法は存在しない(もちろん当事者達が受験を終えて余裕ができてからという事になるだろうが)。

森元総理大臣が「かわいそうだ。もう一度授業を受けさせるようなことは必要ない。寛大な措置を取るべきだ。」と言ったらしい。同情とは弱者に対する物だ。あるいは、責任の所在や罰則について選択の余地がないが、しかしそのおかれた状況については理解できなくもない、というような場合にのみ成り立つ事だ。だから、問題の発覚した学校の教員に対する同情はあり得る事だ。しかし生徒達が同情されるべき理由は何もない。彼等は教育において主体であり権利を有している。それが全てのはずだ。

だから、救済措置という議論は全くとんちんかんな話だ。どうやら彼等にとって、学校教育における学習とは、生徒達が耐え忍ぶ事を要求される苦行であるらしい。彼等、と言ったが、もちろんそれは、教育に対する最も一般的な-しかし間違った-捉え方だ。彼等はもう高校3年で長い間その苦行に耐えてきて今や受験を目前にして後もう少しでこの苦行から開放されると思って必死で頑張っている。それなのに大人の勝手な都合で突然追加の苦行が降ってくるなんてとても可哀想ではないか。いやいやしかし世の中には正規の苦行をきちんとこなしてきた上で最後の苦行たる受験に向かって頑張っている生徒達もいるのだ。救済策なんて実施したら不公平ではないか。云々云々。

いつもと同じだ。主体としての生徒の立場は完全に忘れ去られている。救済策に賛成しようと反対しようと、生徒達は最大公約数的に決められたルールに従う事が定められているだけの存在として扱われ、その上で、問題を最小にする解が論じられる。生徒が損害を受ける事それ自体には誰も疑問を呈さない。ただ、その損害を最小にする術が論じられるだけだ。あたかも工場の生産ラインに問題が生じたかのように。

問題は、生徒達が貰う事ができるはずの物を貰っていない、あるいは、貰う事ができなくなりそうだ、という事だ。これは単に必修の課目を教わっていない、というだけの問題ではない。明らかにほとんどの勉強が好きではない生徒にとって、それは問題ではないだろう。しかしそれでも問題は存在する。例えば、彼らが海外の大学に留学しようと考えた時、高校卒業が正当な物として認められないという事態が起き得る可能性だ。もちろん実際にはそうした事態が起きる事はまずないだろう。しかし逆に言えば、日本という経済大国における公的教育というものはとても大きな意味を持っていて、それはそう簡単に揺らいではならないものであるという事だ。そしてそれにも関わらず今スキャンダラスな事態が起きた。生徒達は無用のリスクを自分達に責任のない理由から背負うはめになった。それが問題の本質だ。そうであるならば、救済策によってとにかく卒業させてあげようなどという考えは全くもって話にならないのである。

従って
1.生徒達は、彼等が全く誰からも文句のつけようがない形で高校卒業という資格を取得できるような措置をとるよう要求すべきである。
2.その際彼等の負担ができる限り少なくなるよう配慮するように要求し(例えば受験の後に補講をする等。また、もちろんこの期に及んでは、生徒達は「自ら進んで興味を持って目をきらきらさせながら」学習する義理など全くない(元からないのだが)。)、また教員や学校の負担が大きくなるという理由で適切な措置が取られないというような事態に対しては容赦すべきではない。
3.さらにこのような措置で補いきれない損害について、裁判で争い、金銭的に決着をつけるべきである(この場合、それが小さいとか必要ないのではないかといった考えからこのステップを省略すべきではない。というのも、裁判とはそれ自体の意味だけではなく、常に前例を積み重ねるという意味があるからだ)。
ネームーイー (2006/10/25(水) 00:27:27)
昨日、何だか腹の調子が悪くて寝付けなかったのだが講義dayなのですっぽかすわけにもいかず無理して学校に行ったところ、帰ってきてからあまりに眠くて何にも手がつかず、しかし今日特別演習の発表があってその準備が残っていたので寝るわけにもいかずだらだらしていて、結局夜の12時がまわってから準備の残りをやっていたら思いの外時間がかかって結局二日連続で徹夜になってしまった。しかも実働時間は大した事ないし。徹夜が徹夜を呼ぶ悪循環って最悪だ。

というわけでEPR論文は前日で良いや、というあほな楽観のせいで散々な目にあいました。それにしてもEPR論文は、、、文句の付け所ありすぎ。でも、Bohm等による議論の整理からBellの不等式への流れは、それはそれでEPR論文の肝心な所を完全に無視している気がするけれど。結局、実在がどーちゃら、はどーでも良くって、局所的な変数で決定論的に記述するって所がBellの不等式に至っての争点となるわけで、何か、EPR論文って、なくても別に問題なかったんじゃないだろうか?なんて思ってしまった(で、結局発表ではEPR論文は全然生かされなかった)。こんなにもrealな世界に住んでいるのに、realityを物理学の記述に求めるなんて、いかにも業が深い。。。
ワンタイムパスワード (2006/10/23(月) 17:47:45)
「ワンタイムパスワードは何のためにあるのか」


改めて考えてみるに、ワンタイムパスワードの効用とは、パスワードの安全レベルの管理が、ユーザではなく、アクセス管理者にコントロールされているところが肝ではなかろうか。

つまり、普通のパスワードだと、パスワードの安全レベルが、ユーザの力量に依存してしまう。パスワードの変更を許せば、安易なパスワードを付けるユーザが出てくるし、変更を許さず複雑なものを与えると、パスワードをメモしてモニタに貼り付けるユーザが出てくる。ここで、ワンタイムパスワード生成器を配布すれば、安易な内容のパスワードになってしまうことは避けられるし、メモさせず、物として管理もさせやすい。


普通にその通りだと思うのだけど、確かにワンタイムパスワードって、「変な事をさせられるなあ」という程度の認識が多いかもしれない。

つまり、
・パスワードは推測されにくい物にしましょう
・パスワードは定期的に変更しましょう
・同じパスワードを使いまわさないようにしましょう
・パスワードは忘れないようにしましょう。そして誰にも漏らさないようにしましょう

なんて「そんなことできるわけあるかー」という問題を解決するのがワンタイムパスワードで、それはセキュリティ強度を高める技術ではなく、理想的なパスワード運用がなされれば実現できるセキュリティ強度を(ほぼ)自動的に実現する物だ。

セキュリティの問題は、企業の社会責任という視点から論じられる機会が乏しく、企業にとっての新しい商売道具として専ら扱われているのが現状だ。だから彼等は超高等技術のイタチゴッコを演出し、トレードオフの存在を唱えて責任を逃れ、消費者にメリットを恩着せがましく宣伝する。しかし情報社会の基盤技術としてのセキュリティとは強い・弱いではなく有る・無いで論じられるべきものだ(とはいえ確かに現状は万全なセキュリティなどあり得ない、というセキュリティに関する相対主義を信じたくなるような状況でもある。二重鍵暗号が画期的なアイデアとして称賛された時代の数学者・技術者達はフィッシング詐欺など思いもよらなかっただろう。しかし見かけ上の商品価値が高まればそれで良い、というような乱雑な姿勢から単に基本的な欠如と運用の不手際によって有るべきセキュリティが無くなっているケースは実に多い。それを追及するうえで消費者が遠慮すべき理由など何もない)。

そしてワンタイムパスワードは基盤技術として是が非でも採用すべきものだ。というのもこれは、利便性の向上がセキュリティの確保に貢献し、逆にセキュリティの自動的な確保が利便性の向上に繋がるという、トレードオフとは対極にある性質を持つ技術だからだ。さらにこの技術は実に分かり易い形でユーザの責任を視覚化、具体化する。ユーザが求められるのは生成器を適切に管理する事だけだ。明らかにこの技術を採用しない理由はない。唯一存在するトレードオフはコストだ。だから銀行がコストを負担してでもこの技術を採用せざるを得ない程度にセキュリティに対する社会的要請が大きくなったと捉えるようになったのは消費者にとって歓迎すべきことだ。

そしてそれにも関わらず銀行は恩着せがましく最先端のセキュリティレベルをとても乱雑に宣伝する。彼等の頭にあるのはセキュリティを実現する事ではなく、セキュリティの問題が生じた時に他の団体よりも高度な対策を講じていたとして責任の追及を逃れることだけだ。そんな認識の甘さでは必ずいつか彼等は大きな問題に直面するだろう。なぜならば、まさにコストを負担してまでワンタイムパスワードの導入が必要になったことが示しているように、セキュリティに対する企業・組織の社会的責任は今や現実の物となりつつあるのだから。セキュリティの問題が生じた時に、彼らがどれだけの資金をセキュリティ対策につぎ込んだかではなく、単純に彼等に過失がなかったかどうかが問題となる、そういう時がやってくるだろう。というより、コンピュータとネットーワクが真に社会的なインフラになるには、そのようにならなければならない。

さらに、こうした場面で、セキュリティ技術はほとんど「マイナスイオン」と同じノリで使われている。過去にも実効性のない「新セキュリティ技術」を大枚はたいて企業が導入した事例はあったようだが、近いうちにとんでもない喜劇が起こるだろう。誰かが新技術を導入したら、業界全体が右に倣えで追随しなければいけない、そういう状況を彼等自信が作り出しているのだから。
アイフォーン (2006/10/23(月) 16:40:05)
iPhoneの発表は結局今月中にはないのかなあ。単にiPodブランドの音楽携帯+iTunes Storeのコンテンツって話では済まさずに、iPodそのままのデザインに携帯電話機能を搭載してくる攻めの姿勢が見られるのではないかとひそかに期待している。何しろiPodにはクリックホイールがある。それと電話を組み合わせるならば、技術者ならば絶対に誘惑されるインタフェースがある。それを無理やり物にしてしまう力がAppleにあれば。。。なさそうだ。
ニュークリアー (2006/10/22(日) 18:55:59)
核を持たない、が何か問題になっているけれど、そんなんたった数年でどうこうなる話ではないわけで。明らかに火急の問題は、持ち込ませない、の方じゃないだろうか。まあアメリカさんが一度決定すれば日本の意思も何もないわけで、政治家の人たちにとっては誰がババを引くか以上の問題ではないのかもしれないけれど。


どうでも良いけれど行列って悪魔の発明だ。。。難しくも何ともない証明なのに、どう整形しても式がノートの横幅からはみ出るとかいう下らない理由で四苦八苦。。。
(2006/10/19(木) 22:06:45)
親知らずが出てきてから、日に日に前歯が圧迫されて、前歯三つが///こんな感じになっているんですが。親知らずも半分くらいで止まったまま。歯医者で歯を抜くなんて嫌だよー(虫歯になった事がないので、歯医者には学校の健康診断で変な事を書かれて適当な診察を受けに行った経験しかない。)。
ソフトバンク (2006/10/18(水) 14:33:24)
出来高伴って2600越えついに来たーーー。これでしばらく安心して見てられる。
ソフトバンク (2006/10/17(火) 23:04:22)
ソフトバンクの株は今日の前場で一度戻るだろうな、とはさすがに分かったので買い注文を入れたのだが、寄りの気配が高くなっていたので少し高い値段に訂正してから家を出たら、今日の高値付近での約定となってしまった。後場戻らなかったのは日経平均的にも市場全体が調整していたから仕方がないのだがこのまま2600越えなかったら完璧な高値掴み。ていうかその場合チャートの形が洒落にならないくらい完璧な教科書的な天井の形になる。逆に越えていけば完璧に教科書的なトレンド転換の振る舞いに。実に中途半端な買い方だが資金が少ない分ギャンブル買いになるのは仕方がない。市場のイライラ感だけでも2600を突破するエネルギーにはなると思うんだけどなあ。
グワー (2006/10/13(金) 15:31:50)
ソフトバンクの買いなおしに失敗。。。
資産運用の基本は、全ての資産形態の価値は相対的に常に変化している事を認識して、価値が上昇している形態に変換して所有しておく事だから、

stockchart.jpg

こういう売買は全く原則通りで適切だ(ただし検討し反省する事には意味がある)。しかしこれを精神的に受け入れるのってとても難しい。。。というわけで売値よりも低い位置に指値を入れておいて持ちつづけた場合よりも高い利益が出るようにしようとした小心者の私はせっかく売買単位での買いであるにも関わらず約成できませんでした。

くそう、全てはおとといの2380まで突っ込んだ意味不明な動きだよ。
ソフトバンク (2006/10/13(金) 00:28:28)
それで昨日下がったら意味ないだろー。で結局逆指値ラインの2390で売れたら今日は下げ渋るし。チャート的には4日の上ヒゲか6日の十字線を見て売りを検討すべきだったんだろうけれど、2400で妙に強く下支えされていたからなあ。まあこの4~6日で売らなかった事自体は、上がっている株は死んでも手放さない、の原則から言って全く問題はないのだろう。しかし明日以降堅実に下がってくれないと買い戻しが難しい。。。
クワッド (2006/10/12(木) 23:58:38)
quadといったら4という意味の接頭辞のようだが、時々4というよりはどう考えてもお前2だろって奴にもついてくる。初めにあれっと思ったのは二次形式=quadratic formなのだが、気をつけていると他にも似たようなのを耳にする事があるので調べてみたら普通に高校数学用語でわらわらと出てきた。

quadratic curve=二次曲線
quadratic equation=二次方程式
quadratic formula=↑の根の公式
quadratic function=二次関数
quadratic regression=2次回帰

他の用法やquad~を見るに、quadって4というよりもさらに突っ込んで四角形、さらに正方形を連想すると良いようだ。

英辞郎では
quad
【@】クウォッド、クオード、クワタ、クワッド、【変化】《複》quads、
【形】4倍の
【間投】へたくそ◆【用法】ペナルティー・キックなどスポーツの際にヘマをした人間に用いられる表現。友達同士で用いられる
【名】四角い広場、刑務所、《活版印刷》クワタ、込め物
【他動】投獄する、《活版印刷》^クワタ[込め物]を入れる

quadratic
【形】二次の、正方形の(ような)、二次の、平方の
【名】二次式、二次方程式

quadric
【形】二次の
【名】二次関数、二次曲面
セイカイ (2006/10/10(火) 23:51:08)
ソフトバンクだけ残して冴えない新興市場の株を全て寄りで売りという選択は一応正解だったようだ。ちなみに楽天が直近安値=年初来安値をあっさり更新したりと笑える弱さ。~来安値を更新ってのが全然買い時でない事を示す格好の例題になってしまった。
アシタ (2006/10/10(火) 02:26:06)
明日の株は素直に下がるのだろうか、、、誰か教えて~。
ケイサンチガイ (2006/10/06(金) 16:37:08)
今学期、5科目履修しなければいけないと思っていたのが、計算違いで4科目だった事が判明して昨日喜んだのだが、成績を貰いに行ったら、量子光学が不可だった。。。全く詰まる事なく解答を進めていけたために余裕で出来たつもりになっていたのが、良く良く考えてみたら全体の半分までしか到達していなかったので一抹の不安を感じつつも、まああれで不可はないだろう、と全く楽観していたのだが。。。あれで不合格なら、試験じゃなくてレポートにして欲しいよなあ。

元に戻っただけと思いきや、昨日の計算間違いだと思ったのが勘違いだったら洒落にならない事になるのでチェックをしっかりしなければ。。。
ソフトバンク (2006/10/05(木) 17:44:51)
株式投資でやってはいけない事(この会社は前に儲けさせてくれたからまた儲けさせてくれるに違いない、とか(笑))を一通りやって損を出しまくったあげく、夏休み終りにチャートの分析の仕方の基礎の基礎を実践していくつか手を出してみた所、どこも端金程度の利益にはなっているが上値が重くぱっとしないという状況にある中で、ソフトバンクが超堅調に上げてきている。ていうか堅調すぎて利益が出ている時の売却の練習にならないんですが。昨日、今日と嫌な陰線のわりに下値支持線は死守しているし。昨日なんて下値支持線で反発したわけではなく時間切れで突破に失敗しただけに見えたけれど今日は結局陰線ながら上げてきて下ひげもつけて少し安心感。ちゅうわけで下値支持線割れで逆指値しておく以外の選択肢がない。ここらで窓開けて二日連続大陽線で3000に近づくか、あるいはさっさとトレンド線を下放れしてくれないと次の行動に繋がらない。そりゃあ3ヶ月間持ってるだけで100倍になったらラッキーだな、という微かな夢と希望もないわけではないが。

ただ、まあ、公然の噂のiPod携帯の事を考えると持たないリスクが無視できなくなるので、最高のシナリオは近日中にサプライズ発表->暴騰->3200以上で売り抜け->上手く買い戻しって感じか。まあ限りなく公然の噂なので発表になったら織り込み済みで下げそうだがそれはそれで助かるし。
コービー (2006/10/04(水) 20:58:55)
http://slashdot.jp/science/article.pl?sid=06/10/04/000224
ノーベル物理学賞はコービーの人たち。背景放射自体はは前に一度ノーベル章の対象となっているわけで、もうこうなったら、衛星に賞をあげちゃえば良いんじゃないだろうか。
ショーガクキン (2006/10/03(火) 00:18:43)
奨学金の手続き、面倒くせー。どうせ返さなければいけないものだったら出してやる、と親は言っているけれど、現代社会の常識としてお金は放って置けば増えるものなので無利子で貸してくれるってのは金利分をただで戴けるというとても美味しい話なよーなそーでもないよーな。良く分からん。でも、学生支援機構の8万円貸与はともかくとして、色々な財団がやっている給与の小さな枠は容赦なく狙うべきだよな。

ゲンゴモデル (2006/10/02(月) 21:11:58)
何だか今学期は情報学科の講義を結構とる事になりそうだ。とりあえず今日の2限は宇宙物理とかいうのに一応10分くらい出た後言語モデル論とかいうのにでた。何だかよくわからない分野だけどまあ面白そう。で、その講義の中でチョムスキーとかいう人に言及されて。うん、この人ですね。セーセーブンポーとかいうのはともかく、この本は読んでみようかな。サイエンスの本場たる欧米では政治的にくっきりとした立場を取って主張もまあ合理的で、んでもって影響力もそれなりに持つって人が少なからずいて(ていうか少ないが)憧れる。ファインマンとか凄いよ。私も、滅茶苦茶ちゃんとした人生の上限を歩めば、ファインマン物理学は書けなくもないと思うけれど、ファインマン物理学を書いてなおかつチャンジャー号の事故調査をするのは無理です。
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