RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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ダビュリュサンシー (2005/08/19(金) 02:28:31)
モヒカン族
まあ、しばらく前から見るようになった、まあ簡単に言うとネット社会における技術至上主義者というか、正しい事主義者というか、まあそういう種族。

これもやっぱり科学vs.非科学のような対立構造と同じで、立場・アイデンティティが行動原理の大きな部分を占めている人達によって状況がややこしくなる例だと思う。アイデンティティの確立のために対立陣営の存在を必要とする事が対立構造を成立させ、維持させてしまっている。
良い例がいわゆるW3C原理主義者。本来HTMLってのはその誕生からSGMLに整合させて規格を整備、拡張されていく過程で常に、まず前提として何か記述・保存・公開・発信したい「情報」があるとして、それを如何に手間暇かけずにしかし性質良く記述・保存・公開・発信できるか、という観点に従っている。

だから、HTMLの規格を守るべき、というのは、HTMLの規格を守った方が色々良い事があるよ、という文脈で言われるべきだ。そしてそれは、とにかく何よりも何らかの情報を記述・保存・公開・発信したいという事を第一の目的として持っている人に対してしか有効ではない。

HTMLの規格は文書が記述されるべき文法のみならず、特定の構造をも要求する。それは、情報を記述・保存・公開・発信したいという以外の欲望を持たない人間にとっては、簡単に従う事ができ、しかもそのような構造を採用する事で情報の記述も簡単になり、しかもいくつもの副次的な効果が自動的に期待できるようになる。

例えば、こうした正統的なHTMLの記述者は、HTML文書が実際に閲覧される際の視覚的なレイアウト、デザインを気にする必要がない。それどころかある種の特殊な、記述者が全く想定しないような閲覧方法に対しても、大抵の場合性質良く対応する事ができる。

しばしば、音声読み上げブラウザに対応してアクセシビリティを確保するためにHTML規格に正しく準拠せよ、という事が言われるがこれは根本的に本末転倒なのだ。HTMLは情報を記述・保存・公開・発信したいとのみ望む人間に、ある特定の記述方法を要求する。それは、論理構造に基づく記述であり、それ故記述者は、自身が記述したHTML文書は「性質の良い」文書であると期待できるのだ。閲覧する側の事を気にせずとも良い、というのがHTMLの本質であり、音声読み上げブラウザにとっての扱いやすさというようなアクセシビリティは、記述者の目の届かない所で(ある程度の範囲まで)勝手に実現するのである。

#もちろん、アクセシビリティを考慮した方が良いのは当然だが、それはHTMLの規格を守るというのとはまた別の話だ。当たり前の事だけど、アクセシビリティを本当に考えようと思ったら、HTMLの規格を守る事の他にも考慮すべき事はたくさんある。
#ただし、社会的責任が高まるほどにアクセシビリティを考慮すべき義務が発生すると考えられるのに、実際には、そうしたサイトは必ず大金を払って外注していて、金をかけなければいけないという論理の下にクライアントに対するプレゼンテーション優先のアクセシビリティも糞もないサイトになっている事が大半であり、これは是正されるべきだ。

このように、情報を記述・保存・公開・発信したいという以外の欲望を持たない人間に対して、「たったこれだけの事に従えば、後は何も考えなくとも、大抵の場合あなたの文書は非常に扱いやすく余り問題を生じません」と言うのがHTMLだ。そして、「たったこれだけ」というのは、明確に記述・保存・公開・発信したい情報を持っている場合にだけ、極小の労力になる。それどころか、多くの場合、一番楽な記述の仕方となる。そのような場合に、「HTMLの規格に従わない理由は何もない」「HTMLの規格に従うべき理由は山ほどある」となり、そいう事に気づいていれば当然HTMLの規格に従うし、気づいていない人に対して「従った方がお得ですよ」という忠告が可能になる。

もちろん、ほとんどの規格という物は、それにほんの少しでも従わなかった瞬間に意味を失う。HTMLとて例外ではなく、HTMLの規格に厳密に整合しないHTML文書(というか既にHTML文書とは厳密には呼べない)がどのように扱われるかという事について、何も保証する事はできない。それでも、HTMLは、テキスト文書にマークアップするという性質上、少々の記述ミスや規格違反によっても、そんなにおかしな事は起こらないだろうと期待できるようになっている

W3C原理主義者と言われる人々の中には、少なからず自分からW3C原理主義者を名乗る人々がいるし、そうでない人も、ほとんどが、さしたる理由もなく、せいぜい拘りといった程度の動機で、W3Cの規格に厳密に従ったWEBページを作り、またそうでないサイトを批判する。こうしたサイトでは、規格に従っただけのページが実に多い。

Another HTML-lint gatewayに繰り返しかけて多大な労力と時間をかけて100点をとれるようになるまで修正を繰り返す事には何の意味もない。単にアイデンティティとしてW3C原理主義を選択した者にとって、W3C準拠とは、高度な技術と知識を要する偉い事、凄い事であり、時間と労力が必要なのは当然な事として捉えられる。しかし、もしこのような修正に多くの時間と労力が必要であるならば、やるべき事はもっと別にある。HTMLが要求するような文書構造に従い、その下でマークアップを施す事だ。それがきちんと行なわれていれば、まず少しくらいのミスがあっても、それほど大きな問題とはならない。そしてその上、そうなっていればミスをなくして規格に厳密に整合させる事は難しくないはずだ。この段階に至っては、HTMLlintのようなサービスを使って場当たり的に修正する事すら許されるだろう。

結局の所こうしたW3C原理主義者の存在が、HTML規格に厳密に従うという事を、マニア的、オタク的な特殊な立場に貶めてしまっているのだ。そしてその事は、W3C原理主義者にとっては別に何の問題でもない。彼らの目的は、HTMLが何を与えてくれ何を与えてくれないかを正確に明らかにし、誰もがこの技術からの利益を享受できるようにするという事ではない。彼らの目的はアイデンティティの確立であり、正にそれが実現しているのだから、彼らにとっては非常に好ましい状況なのである。

また、そういうわけで、こうした議論は、「ホームページ製作」自体に何らかの意義、楽しさその他を見出す人々に対しては、何の意味もない。HTMLの恩恵を最大限受ける事ができるのは、手前味噌だが、こういうページを作る時だ。そしてこういうページを作る時、HTMLの規格に厳密に従うようにする事には大して苦労しない。「ホームページ製作」自体が何らかの目的意識に組み込まれていたり、さらには、実現したいデザインという物がHTML文書よりも先行して存在する場合にはもはやそうではなくなる。

そもそもHTMLは文書の構造を明示するためにあり、デザインやレイアウトを記述するために種々のスタイルシートがある。種々のと言っても現状ほとんどの場合CSSが使われるが、これはCSSが、HTMLの構造との整合性が非常に良いからだ。

例えば普通のWYSYWYGのワープロソフトを最も素朴に使って、章題のタイトルをある凝ったデザインに統一しようとすると、一つ一つの章題に対して慎重に決めた設定を施していくという事が必要になる。もう少し高度な機能を使う事でいくらか楽になるが、それでも大層面倒だ。ところが、HTMLでは、例えばトップレベルの章題をH1要素としてマークアップする。そこで例えばH1要素の表示の仕方に関してブラウザに指示する事ができれば、容易に、統一的なデザインの指定が行なえ、しかもそれはそんなに労力を必要としない。

つまり、情報を記述・保存・公開・発信したいという以外の欲望を``あまり''持たない者は、自分が記述したHTMLの要求する構造に整合していて、HTMLの規格にきちんと従っているHTML文書を、少ない労力でしかもHTMLの恩恵を全く損なう事なしにその見栄えを制御できるとなって、ここで初めて、「それなら見栄えが良いに越した事はない」となるのだ。そしてCSSはHTMLとの整合性が第一だから、CSSにとって性質の良いデザインは限られている。またまた手前味噌だが、つまりこういうデザインだ。情報を記述・保存・公開・発信したいという以外の欲望をあまり持たないからこういう制限されたデザインで満足できる。

しかしそうではなく、特に実現したいデザインが先行して存在すればもはやそういうわけにはいかない。HTMLやCSSを正しく記述した上でそうしたデザインを実現することには他大な苦労が必要で、しかも、そうしてできあがった物は、規格に従っている``だけ''でこれらの文書規格の恩恵をあまりうけることができない。実際こうした場合、HTMLもCSSも完璧に記述されていたとしても、あるブラウザでは希望のデザインになっていても他のブラウザではそうはなっていない、それどころか読めたものではないレベルにまで表示が崩れるという事態が容易に起こり得る。従ってもしHTMLやCSSを正しく記述しなおかつ自分の望むデザインを実現し、しかもチェックできる限りの環境で見栄えをチェックする労力をかける事ができなければ、それぞれに適当な比重をおく事になる。それはその人間の目的意識によって変わってくるはずだ。

こうした人達に対して技術的な立場からできる助言は、せいぜい「HTMLやCSSはそういう目的のためにあるのではない」と言う事だ。しかしこれは、W3C原理主義に従わないサイトは存在するなという事であり、ほとんどのW3C原理主義者は決して言わない。その代わりに彼らは、一生懸命勉強して努力してW3C準拠のサイトを作ってW3C原理主義者の仲間入りをするか、「間違った」サイトを作り続けて肩身の狭い思いをしたり彼らを「モヒカン族」と呼んで対話を拒否する(実はこの事は現代社会において多くの場合相手の立場を認めるという行為と非常に近いか、さらには等しい)かの二者択一を迫るのである。

また、「HTMLやCSSはそういう目的のためにあるのではない」と言う場合には、その代わりにそうした目的のために他の技術を提供しようとする努力を伴わなければいけない。
#そうでなければ、このような主張は、「ホームページ」の製作自体に意義を見出すという行為自体を完全に否定するという、W3C原理主義どころではない過激な主張になってしまう。

当たり前の事だが、技術が人に仕えるので人が技術に仕えるのではないのだ。

ところで、少なくともこのHTMLに関する話では、情報の記述・保存・公開・発信以外の目的(ここまで述べたデザインの話の他に、企業や組織などでは、情報に対するアクセス方法を厳密に制限した上で発信したいとか、あるいはWEB上でのサービスを提供したいといった需要がある。例えば右クリックの問題が典型だろう。)のために他の技術を開発、提供するというのは、HTMLがこれだけ広範に使われるようになりその規格も公式、非公式問わずこれだけ肥大化した現在では無理だろう。

こうした状況を招いた原因として、十分な研究、検討を行なわず労力をけちって、既存の技術を勝手に歪んだ形で拡張する事で手っ取り早く自分の所の製品のアピールポイントとしてきた多くの企業の姿勢は、決して許される事ではないだろう。

こうした「モヒカン族」という言葉に象徴されるような、技術者と技術や知識を持ち合わせない一般人の対立構造の中で看過できないのは、技術と知識で商売して金を儲けようとするような人間・企業が、十分な勉強をせずに手っ取り早く商売をしようとして、問題を指摘されると一般人の認識を持ち出してきて常識に従っているという態度をとることだ。

最近の例でいうと、価格.comの事件がある。これは、技術者と商売人の認識の違いなんかではない。ここにあるのは、近代において大いに跋扈している、正しい事は何もないというストイックな姿勢を断固としてとる覚悟もなしに中途半端に相対主義的な考え方を振りかざして議論その物を拒否し、結局自分にとって都合の良い選択をするだけという論法だ。大体において「それにはメリットとデメリットの両方があって難しい問題です」といったような事を言う場合、続いて具体的にメリットとデメリットを詳細に検討するか、判断を保留するかしなければならない。しかし実際には、そういう事を言っておいて、全く別の言及されていない理由によって恣意的な選択が行なわれるという事は数限りなく行なわれてきた(郵政の議論もそれぞれの立場ごとにそういう構造になっている)。ここに対立構造を見出すならば、それは技術者と一般的な知識しか持ち合わせない商売人の対立ではない。単に、消費者と企業の対立だ。価格.comは十分な対策をしていたが驚異的な技術(多分量子コンピュータを持っていて1024bit鍵のRSA暗号を1秒で解読できるのだろう)を持つ悪のハッカー集団によって営業を妨害されてしまったのだ、というストーリーを作りたがっているというだけだ。何でも公開する事を良しとする商売っ気のない技術者社会の論理など関係ない。単に消費者の保護という観点から価格.comは批判されるべきだ。

一生懸命に手探りで作ったホームページに設置した掲示板の、日常生活での知り合い以外からの初めての書き込みがHTMLの記述についての詳細なあげつらいとアンケートcgiプログラムのセキュリティホールについてでしかも問題点はこの上なく明確なのにどのように修正すべきかについてはヒントすらもない、と言った物で実に悲しい思いをした、というケースと、杜撰に作製したWEBページや商用ソフトウェアについて公開や販売開始の直後にセキュリティホールについての指摘が相次いだり、多くの個人サイトで「文字が小さくてブラウザの機能で文字の大きさが変えられない!」「右クリック禁止になっとる」などと批判されたりする事とは、事情が全く異なるのだ。
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