RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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パラドクスオントウィンズ (2005/08/28(日) 02:47:44)
ちょっとここらで双子のパラドクスについて書いておこう。

「パラドクス」と呼ばれる類の問題提起は、具体的な「答え」(双子のパラドクスの場合では、兄と弟に何が起こるのか)への興味による物ではなく「何だかおかしな事が起きてしまう」という問題意識による物だ。従ってこの種の問題において重要なのは、「おかしな事はおきようがない」という理解を与える事だ。具体的な「答え」を与える事にそれほど意味はない。何故ならば「根本的な勘違い」が正される事がなければ、その「答え」を正しく理解する事はできないだろうし、何となく納得しても、それはこのパラドクスの作られ方が悪かったのではないか、うまくパラドクスを構成すればやはり問題が生じる事を示せるのではないか、と考えてしまう。この意味で、具体的な答えを与える事はパラドクスの解決においてしばしば害悪とすらなりうる。

ところが、パラドクスというやつは、「問題が生じる事はない」という本質的な理解が得られてなお、具体的な「答え」を与える事が難しい事が多い。特に物理では、基本法則から言ってそのような問題を生じない事が明白で、かつ原理的に答えを与える能力を持っていたとしても、あらゆる状況設定を完全に考慮する事は大抵の場合どうしようもないくらいに難しい。このため本職の物理学者が、本来パラドクスとして提出された問題をある意味でマニアックな視点から、喧喧諤諤の議論を戦わすという事がしばしばある。

マニアックというのは、一度双子のパラドクスが解決した後、兄と弟に何が起こるのかという興味を改めて持つという人間は非常に限られているからだ。また、物理学自体に一定の興味があれば、双子のパラドクスが解決した後にそのような興味を改めて持つという事は多いかもしれない。しかしパラドクスの事を忘れて物理学を概観した場合には、兄と弟に何が起こるのか調べるという動機には乏しいという意味で、物理学自体に興味がある人の中でもこうした議論を進んでやる人は限られているという事になる。

このような議論はパラドクスをパラドクスとしてでなく、単なる問題の一つとして扱っているという意味で、問題設定は継承していても、目的意識は全く別の所にあるという事に注意しなければならない。しばしば、こうした議論を眺めて、「本職の物理学者でさえ、各人がその場しのぎのつじつまあわせに終始していて、統一的な見解に至っていない。」というような事をトンデモ科学な人が言ったりする事がある。また、こうした議論と、単にパラドクスを生み出す根本的な誤解を見出そうとする試みが簡単には区別できないという事態が、きちんと相対論を学ぼうとする人間をしばしば混乱させてしまう。

そういうわけで僕は、(1)パラドクスは、根本的な誤解を浮き彫りにする事にこそ注力すべき(2)パラドクスを通常の問題の一つとして扱うという事は、新しい目的、動機の下で全く別の議論として行うべき
と考えている。

そういうわけなのだが、実はこれからちょっと(2)の方の視点で双子のパラドクスを書いてみようかと思う。従って、これから書く事は、非常にマニアックな議論であり、双子のパラドクスに関して「パラドクスなんか生じっこない」という理解をしていない人間には意味のない物だという事に注意してほしい。それどころかここでは、「結局の所兄と弟に何が起こるかは分からない」という、トンデモ科学な人にラフに読まれるととても恐ろしい事が起こりかねないような主張や、「運動する物体が縮むのはその弾性力による」という、相対性理論をきちんと理解していない人間が読むと、とてつもない誤解を生じかねない主張が出てくる。あくまでこれは双子のパラドクスのパラドクスとしての側面についてではなく、実際の状況設定の詳細をきちんと考慮していくとどうなるか、という議論であることに注意してほしい。

ただし、それでもこのような議論は、(1)の議論にも良い影響を与えるのではないか、とも思っている(それがこの文章を書こうと考えた主要な理由だ)。というのも、(2)の視点で枝葉末節を議論する事は、「相対性理論で位置、時刻と言う時、それはあくまで物理法則が自然に表現されるある意味で人為的な道具立てを意味する」という相対性理論に関する誤解を正す上で最も重要な問題が浮き彫りになるようであるからだ。そういうわけで、もちろん双子のパラドクスを「パラドクスなんて起こるわけないじゃん」と思えない人も、相対性理論をあまりきちんと(あるいは全然)理解できてない人にも、是非この文章を読んで欲しい。ただしその場合出来る限りあまり勝手な先入観を持たないようにしてほしい。
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