RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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ところで、ここで注意してほしいのは、ガリレイ対称性は、確かにある(ここまでで説明したような)部分で我々の経験と一致するが、我々が直感的に認められるような物ではないという事だ。

それは前回出した、電車に乗って発車を待ちながら考え事をしていて、ふと気が付くと既に電車がかなりのスピードで走っているのに気が付いて驚くという例における「驚く」という点から分かる。

あるいは、我々はジェットコースターに乗ると、大した速度も出ていないのに猛スピードで運動しているような錯覚を覚える。

このように、我々は多かれ少なかれ、「速度のある状態とない状態という区別があって、それらは単に速度があるかないかという点を越えて何らかの点で異なっている」というような事を感覚的に考えている。

#もちろん我々がいつのまにか電車が動き出している事に驚いたり加速度を速度と錯覚したりすのは、もう一つ、一様な速度を感じる事はできず、加速度は感じる事はできないという重大な事情に由来する。これは、対称性の第一の意味として挙げた物理法則、物理現象の記述法の任意性を強く示唆するのみならず、そのような対称性を明瞭に反映して物理法則を記述すべきだと主張の根拠となりうる。なお、``一様な''加速度もまた感じる事ができない。この事を厳密に表現すると一般相対性理論に至る。

このように、ガリレイ相対性は確かにある部分で我々の経験と一致するが、多くの人にとっておそらくは直感と一致する主張ではない。

「運動する時計は遅れる」「運動する棒は縮む」と言った相対論の主張を我々が受け入れ難いのは、単に我々が究極的には一つの時計、一つの物差しを参照する事を暗黙に想定した上で、大体正しい個々の時計や物差しを使っているからだ。コンコルドに載せた時計がどのように振舞うのかについて、何かを断言できる人間が一体いるだろうか?

もちろん、直感と一致する理論が偉いとか、その逆であるとかいう事はない。どんな事でも誰にも明瞭な形で定量的に、形式的に表せて始めて科学だ。しかし科学のある部分が直感と一致するために厳密な議論が省けるならば、教育的な場面、あるいは社会的に科学の成果をアピールする上では益がないとは言えないだろう。

だが、ガリレイの相対性原理は、相対論において少なくとも高速度では修正される上に、我々の直感に一致するわけでも決してない。それにも関わらず、電車の例などを持ち出して、ガリレイの相対性原理を検討を要す必要があまり認められないような、相当に自明な原理であるとして導入するという事が力学の教育で伝統的に行われている。このような慣習は私には、相対論の導入を劇的にするためだけに、恣意的に、ガリレイの相対性原理という固定観念を植え付ける正されるべき行為に思える。

ガリレイの相対性原理は、非相対論的な力学においても、実験と測定によって(非相対論的力学が成り立つ領域で)確かめられている原理として、逆に言えば他のあらゆる法則と同様に実験と測定によって確かめられるべき原理として導入されるべきなのだ。またそれは、単独で独立に成り立ったり成り立たなかったりする原理ではなく、少なくとも力と質点の力学モデルにおいては、力の関数形と結びつく。しばしば、ガリレイの相対性原理の説明として、運動方程式の左辺の変換性のみを確かめる教科書があるが、これは片手落ちどころか、何の説明にもなっていない。すなわち、1次元として運動方程式
m1d^2x1/dt^2=f1(x1,x2,,,v1,v2,,,)
m2d^2x2/dt^2=f2(x1,x2,,,v1,v2,,,)
...
は、x'=x+vt,t'=t,なる変換の下で(ただしv1=dx1/dt,v'1=dx'1/dt'など)
m1d^2x'1/dt'^2=f1(x'1-vt,x'2-vt,,,v'1-v,v'2-v,,,)
m2d^2x'2/dt'^2=f2(x'1-vt,x'2-vt,,,v'1-v,v'2-v,,,)
と変換される。この右辺がf1(x'1,x'2,,,v'1,v'2,,,)やf2(x'1,x'2,,,v'1,v'2,,,)と等しいという事こそが、ガリレイ対称性だ。少なくとも逆二乗則に従う力ではこれが満たされている事は直ちに確かめる事ができる。

#そう、もしこの世界が逆二乗則に従う力(あるいはもう少し広い範囲の物理法則でも良い)で完全に記述される世界だったなら、当然ガリレイ対称性は文句なく成り立つのだ。そしてその事を実感させるためには、具体的な力の関数形を与えてそのガリレイ変換性をチェックする演習問題をやらせるだけでよい。そしてこれは、相対論への移行はパラダイムシフトではない物理学の通常の(確かにいささか劇的だが)発展にすぎないという事を明確に示すのだが、何故かあまり行われない。
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