RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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パーティクル (2005/10/28(金) 01:29:49)
今やっている実験は、宇宙線を計数する技術の習得が主要な目的となっていて、それ自体はあまり面白く感じられない。この世界で何が起きるのかを知る段階をすっ飛ばして、僕等が完全に机上の空論として学んだ理論の精密な検証に繋がり易い部分について精密測定技術を習得するというようなスタンスの実験が、物理学科では多すぎて、自分の中に動機付けが十分になく、なかなか興味を持ってとりくめない。

#物理学科のカリキュラムとしては仕方のない事だろうけれど、それならば、もう少し教養課程の実験を工夫して欲しいなと思う。レーザーという題目で行ったホログラムの作成は非常に面白かったけれど、こういったこの世界で何が起きるか、何ができるかに関する知識を提供する実験という物は、中学高校やうちの大学ならば教養課程のようなできるだけ早い段階で提供すべきだろうと思う。

ただ、ようやく素粒子現象についての興味が形成されてきて、素粒子の崩壊過程に関する話はかなり興味を持って聞けた。今まで素粒子に関連するどんな単語も自然言語以上の物ではなかったから、素粒子に関連して教官に具体的な質問をしたというのも、多分今回が初めてだ。そしてその回答も、未だ素粒子論をまともに勉強してはいないにも関わらず、単に外部からもたらされる御伽噺というのでなしに、もう少し内的な実感を持って聞けた。

それは多分、ワインバーグの本を相当にラフながら(今のところ一章にノート一冊で来ている。今読んでいる場を実際に構成する所はもう少し時間がかかっていて、ノートも二冊目に入った)もどうにか読み進める事で、ワインバーグの明確な目的意識と一貫した視点のおかげで、ようやく粒子というものの位置付けが自分の中でできるようになったためだと思う。

これまで自分にとって粒子というものは一つの現象にすぎなかった。原子論、分子論の段階では、粒粒の集まりが物質を作っている、という言い方は世界についての具体的な描像を与えてくれた。しかし現在の片手間に勉強する事などできはしない素粒子の理論と膨大な粒子のリストの事を考えれば、「~は~と~でできているんだよ」という言い方それ自体には、何の情報も含まれていない事は容易に分かる。そういった言い回しを聞けば聞くほど、粒子という物を重要視する物理学のあり方自体に疑念を抱くようになってしまった。原子や分子の延長線上にあってたまたま注目されやすい「粒子っぽい」現象のみが、歴史的経緯から過剰に重視されているのではないか?だから加速器でごく少数の粒子について崩壊や散乱の様子を調べる事がこの世界の本質に迫る手段であるというのは、どうにも納得しがたかった。

しかしワインバーグの本を進めて行って「粒子とは物理学者の共通言語である」という実感をようやく得る事ができた。一体なぜ粒子にこれほど着目しなければいけないのか、という疑問に対して「実際の所粒子を考えたり用いたりしなくとも良い」と答える事は、もしそれが実際に妥当ならば、これ以上は望めない至高の回答だ。その上で、しかしまた、どんなまともな理論も粒子と場というツールによって記述され、しかもそのように記述されない理論は必然的にまともな理論でなくなるから、粒子と場によって理論を記述するのが賢明で、そうしない理由は何もない、とされれば、それは粒子という考え方を単なる机上の空論、人為的なツールに貶めるように見えて、むしろ、それを非常に確実性を持った何かすごく「硬い」物であるような感覚を与える。

特にファインマンダイアグラムが、「化学反応図に毛が生えた」程度の代物にしか見えなかったのが、それが真っ当な教育を受けた物理学者にとって散乱過程に関する完全に定量的な情報を与えるのだという事を、ワインバーグの一貫した視点故に未だファインマンダイアグラムの章に至っていないにも関わらず(実感として)理解できたのは大きな収穫だった。それは、始状態とハミルトニアンによって考えている現象を伝えるよりもはるかに賢明で合理的でしかもデメリットのない、着目している現象についての全ての情報を過不足なく伝える物理学者にとっての共通言語なのだ(いやまあ、そういう風な事は何度も目にしていたし耳にしていたんだけど)。

そういうわけで、宇宙線が大気圏に入ってきて何段階かの崩壊の過程を経てミューオンが生成されるっていうのを、図を描きながら教官が説明してくれたのだけど、それが誤魔化されているという感じが全くせずに、自分の側に知識が不足しているだけで、そこで語られている事は確かにその現象についの説明に正しくなっているのだろうな、という実感を持って聞く事ができた。それは急に、粒子を身近に感じさせた。

こういう、ある種の概念が急に「硬く」なって、手のひらの上に乗るようになるという感覚は何となく以前から好きだ。それに、それは、学習それ自体の一部としてはあまり意味がないように見えるけれど、やはり意味のあることなのだと思う。ベクトルを成分表示せずに矢印をつけたりボールド体にしたり、あるいはアインシュタインの縮約記法やディラックのブラケット記法。実際、物理学それ自体が長い間かけてそれを行ってきたのだから。
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