RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
201708 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >> 201710
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ドクター (2005/11/10(木) 00:34:08)
だいぶ前から、博士やポスドクを増やしたら、結局余った、どうしよー、というしょうもない話を聞く。で、需要もないのに外国に博士の数自慢でもするためだけに数だけ増やして、馬鹿じゃないのか、というような批判も見るけれど、やっぱり根本的な問題は数だけ増やした事だよな、と思う。

きちんと十分な水準が保たれていれば、国内での新しい需要だって生まれるだろうし、国内でポストが足らなくても国外にいくらでも仕事はあるというようになるはずだ。科学技術の分野での国際競争力をつけるためといって博士を増やしたはずなのに、国際競争力を持たない博士を量産しているのが問題なだけだ。

ロースクールの話もそうだけど、閉じた社会の中での役割分担の比率だけを調整するっていう非合理性が問題だ。それは結局、限られた期間や限られた空間における格差を広げるだけで、しかもその期間や空間から一歩外に出れば、不整合性から歪みが露わになる。

博士を増やすってのならば、やるべき事はただ一つで奨学金を増やすなどして、努力しさえすれば誰でもその取得に挑戦できるような枠組み造りのはずだ。しかし実際には、国立大学の学費は年々増え、社会の階層化が問題視されつつある。

国、社会と個人の役割分担をどうするかってのは難しい問題だ。それは結局、お金や資源の使い方を誰が決めた方がよい結果が得られるかという事にすぎず、例えば税金が安い方が嬉しい気がするのは、自分の裁量の範囲内で決まった物事ならば諦めがつくという程度の事にすぎない。

だけど、個々人に負担を負わせながら、国の発展のため、よりよい社会のため、という大儀を無造作に押し付けてくるのは本当に頭にくる。

この博士を増やしましょう運動の顛末はまだ良い方で(学費の問題を除けば、少なくとも物理学科に関する限りは、昔と今で特に何かが変わっているわけでもない)、ロースクールの話とかは本当に聞くたびに理不尽な話だなあ、と思う。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
(C)Copyright 2003-2007 by Ruke All rights reserved. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。