RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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メタフィジクス (2005/11/10(木) 01:00:28)
物理学を学べ学ほど(というほど学んではいないが)感じる違和感を一言で言えば、「好きなように世界を創って下さい、と言われて、厳密にローレンツ不変性を持つ世界を創ったり、厳密に量子論に従う世界を創ったりする奇特な奴はいないだろう」という事だ。

だからこそ、物理学は経験科学と言いながらも、できる限り物理法則に理由を求めようとしてきたのだろう。熱力学と統計力学の経験が教えてくれる、マクロな現象はミクロな法則の詳細に余り依らずに相当に決まってしまう、という教訓は熱力学に対する安心感とそれはおそらく重要なのだろうという直感を与えてくれる。つまり、物理学はこの世界を扱う学問であるにも関わらず、熱力学が他の世界でも大体成り立っているだろうという感覚に、少なからない人々が意味を見出している。

しかしだからこそ、量子力学や相対性理論のような、大体基本法則と言っていいような法則に対する違和感は相当な物だ。これらの主張はあまりに強すぎて、綺麗だ、美しい、と言ってただ賛美していれば良いような物でもないし、実験事実を正しく説明するという伝家の宝刀で正当化すればすむような物でもないように感じられる。

この世界はあまりにも上手く出来すぎている。そして、物理学は余りにも成功しすぎている。その上、我々はどうして物理学が上手く行くのか何もしらないのだ。私には、この世界がいくつもの選択肢のうちの一つであったとは信じ難い。むしろ、何かこの世界の本質的な特徴づけがあって、それを満たさせるためには世界はほとんど唯一に定まってしまうとしか考えられない。そしてその特徴づけとは、おそらくは、物理学の方法が通用するという事とほとんど同値であるのだろう。

というわけで、50年後くらいには、数学を始めとした自然科学の手法を物理学そのものに適用した、meta-physics(多分現在でもこう呼ばれる分野はあると思うけれど、この文脈に関する限りまだないと思う)が流行って真のToEへの道を開くのではないかと夢想するRukeでした。

結局、その存在が非自明な概念は、存在概念そのもの以外にはなくて、神様は「存在」さえ創ってくれれば良いんだよな。というか、神様が一生懸命に世界を創ったとして、それとは無関係にどんな世界でも存在できるわけだ。その世界が可能である限り。この世界がどうしてかくあるのかを理解しようとする行為に最終的な答えが与えられ得るとしたら、世界がどう創られたかとか、世界がどうあるかという事を考える先にそれはなくって、どのような世界が可能であるかどうかを考える事が全ての鍵になるだろう。
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