RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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インフィニティ (2005/12/08(木) 02:53:53)
前にも書いたと思うけど、物理の世界では、r->∞とかN->∞とかいう表現が非常に無造作に使われる。んで、こういうのを見るたびに、おいおいそんな極限とったら発散するだけじゃん、とか、収束しねー、とか思うわけだ。

僕は、物理の議論で数学的曖昧さがあるのは、別に構わないと思っている。ただしそれに無自覚でなければ。んで、r->∞とかは、簡潔かつ記号的すぎて、何だかそこにある式を、やけに偉く装ってしまう気がする。それで、漸近的振る舞いを議論しているのだという当然の事はもちろん認識していても、その振る舞いが成り立つ目安のスケールはどう評価されるか、というような事に注意が向きにくくなって、十分大きい時にそれが成り立つかどうかという議論に終始してしまいやすいように思える。

ってのが、明後日に迫った量子力学の中間試験の勉強しながら思った事。つまり、散乱問題なので、r->∞という書き方が非常に良くでてくる。

んで、別にそれをどうにかしろというわけじゃなくって、第一、こういう書き方がされている時に収束先の話をしているのではなくってそれらの量が十分大きい時の漸近的振る舞いの話をしているのだと考えないやつはいないだろうけれど、思ったのは、こういう書き方が多いのは、
「rが十分大きい時に」
と書くよりも
r\to \infty
と書く方が圧倒的に楽だというそこに尽きるという裏の事情があるのではないだろうか、という事。

これが英語だと、
if r is big
で済んで、そしてその稚拙な言い回しのおかげで、漸近的な振る舞いを扱っている事は一目瞭然であるだけでなく、bigというその目安となるスケールが曖昧なままである事が、何しろ言い回しが明確に曖昧だから、当然の事として了解される。

まあ、今やっている散乱問題の場合、日本語でも「遠方で」という言い方があるんだけど。英語だと、in the distanceかな?

日本語は、漢字のおかげで単語の創出能力には優れているのだけど、些末な付加的な情報を記述するのにも結構長くなってしまうのが欠点だな、とか思ったのであった。

ちゅうわけで、=の下にr->と書くならば、~の下にif r is bigと書いた方が良いのではないだろうかという提案でした。

厳密を帰す代わりに曖昧である事を明確にするというのは、我ながら良いアイデアであると思う。
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