RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
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平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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カラー (2005/12/20(火) 18:50:06)
前前回の記事同様にたまには極論を断言してみようシリーズ

先日頑張って数学物理の授業をフォローしていたとき、クオークに世代毎に色をつけているページを見て「ありゃっ?クオークのカラーって世代の事だったの?そんなん聞いた事がないぞ。」と疑問に思いつつ何だか信じてしまってそのまま進めていって滅茶苦茶混乱してしまった(*カラーSU(3)はSU(2)で記述されるスピンと同様の、粒子の内部自由度の対称性です。)。

で、それはまあどうでも良い事なのだが、最近思う事として物理学の教科書は、図版をできる限りカラー(巻頭の口絵ページでも可)にすべきではないかと思うのだ。

理由は単純だ。物理は現実の世界を扱っていて、この世界には色があるからだ。

良い例が下に挙げるホログラフィの本だ。

この本には印刷会社の協力で、いくつかのホログラムの実例が付いてくる。ホログラムの通常の写真と比べた時の特殊性と言葉だけでそれを説明する事が難しい事と、レインボーホログラムのイメージだけが広く流布してしまっている事を考えれば、これはホログラフィの解説書の最低条件とすら思える。しかし実際には、そのような解説書は他に(知る限り)見当たらない。物理学上及び工学上のホログラフィへの興味は、主として測定技術としての応用に向けられていて、その他に工学的に冗長性や多重記録性がしばしば興味の対象となるだけで、その精細かつ直接的な立体写真技術としての側面には(少なくとも解説書を書く上では)余り興味が向けられない事を考慮しても、ホログラフィが何であるかを端的に伝える事が可能なホログラムそれ自体(しかも現在では印刷技術との親和性が高い大量複写技術がレインボーホログラムのエンボス法による複製に限らず確立されつつある)を提示する事を怠るというのは受け入れ難い事だ。

これは一般の理工書でも言える事だが、印刷上の制約から情報の伝達をけちるというのは良い事ではない。特に問題なのは、これほどvisualizationの技法が進歩した現在ですら実数1変数 vs. 実数1変数のプロットに多くの文献が縛られている事だ。それは、この制約が、研究それ自体すら狭めてしまっているのではないかという疑いを抱かせる。
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