RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
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平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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アルキメデス (2006/01/11(水) 23:49:00)
浮力の大きさを与えるアルキメデスの原理。原理というかその説明そのものでもあるが、それは以下のように説明されるだろう。

風や流れのない(平衡状態にある)液体や気体のある部分を取り出して考えてみる。これは、その質量に応じて重力を受けている。それにもかかわらずその部分が静止しているという事は、周りから重力を打ち消すだけの力を受けている事になる。これが浮力だ。

そして、今着目している部分をそっくりそのまま別の物質に置き換えてみる。すると、重力は、新しい物質の質量に見合っただけの大きさになるが、一方で、その周囲の状況はさっきと変わっていないから、もとの液体ないし流体が受けていた力をそのまま受ける事になる。

つまり、液体中の物体は、それが押しのけた液体が受けていた重力に等しい大きさの浮力を受けるという事になり、自分が受ける重力と比較した場合の大小によって、浮いたり沈んだりする。

この説明は簡潔で分かり易いように思える。しかし実は、見過ごせない飛躍のある説明でもある。それは、周囲の状況だけで、周囲から受ける力が決まると考える点だ。これは全くもって奇妙な考え方だ。というのも、重力にせよクーロン力にせよ、具体的な形が良く知られているような基本的な力はどれも、相互作用する二体の双方に依存するからだ。

ここで気をつけなければいけないのは、力が、及ぼす側だけの事情で決まるという考え方は、我々の日常的な感覚に非常に合致するという事だ。誰かを殴る時、その力の加減は、殴る側が自由に決める事ができる。もちろん力いっぱい殴ればそれだけ殴った拳が痛いということも我々は良く知っていて、これは作用反作用の法則そのものだ。そして作用反作用の法則は、力を及ぼす側、及ぼされる側、という区別に意味がない事すら示す。しかしそれでも、力を及ぼす側、及ぼされる側という区別、そして力が力を及ぼす側によって決定されるという考え方は我々の日常的な経験に照らして自然だ。この事は、二つの、全く正反対の注意を喚起する。

つまり、このような考え方が全くの思い違いであるかもしれないと真面目に検討する必要があり、同時に、このような考え方は何らかの意味で正しいかもしれずそれをきちんと明らかにしてアルキメデスの原理の説明を正当化する事、この二つの一見相反する議論のどちらも必要なのだ。

結局、熱力学の基礎的背景を持たない人間に対して冒頭のようなアルキメデスの原理の説明をするというのは、かなり誤魔化しを含んでいるという事になるだろう。
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