RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
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平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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メジャー (2006/01/17(火) 01:06:57)
量子力学の普通の射影測定による定式化と、その仲間達(測定演算子、POVM)っていうのは、測定の定式化というよりも、量子系から引き出せる情報の上限を示している。

どんな自己共役演算子にも対応する実際に測定可能な物理量がある事や、その物理量の理想測定がいつも可能であるという事は正しくない。これらの定式化は、何ができるかよりも、何ができないかを表しているという側面がある。

例えば非クローン化定理というのがあるけれど、これは証明されるべき定理とは性質が違うものだ。というのも、もし、量子系の複製ができるなら、好きなだけ測定を繰り返す事ができるから測定に関する特別な制限のない単純なケースでは、位相因子を除いて状態ベクトルを完全に決定できてしまう。つまり、この定理は定理である以前に実験事実であり、測定が「状態ベクトルの決定」として定式化されない動機の一つだ。だから、非クローン化定理は、射影測定などの測定の定式化のself-consstencyのチェックであると言ってよい。もし量子系の復せが可能であるならば、このように測定を定式化する理由は何もないからだ。

そうやって考えてみるとこの種の測定の定式化は、実際には「測定の定式化」ではないという事になるが、物理的な測定の過程についての主張も確かに含まれている。測定の過程それ自体を通常のユニタリ発展で扱ったとして、どのような情報が取り出されるのかを知るためには、結局全体系に対してこの種の測定の定式化を適用してやる必要があるからだ。射影測定のような測定の定式化は、何らかの意味で本質的で、実際の測定の物理的過程をきちんと扱うアプローチにとって変わられるものではないが、そこに二つの異なる主張が混在しているというのが事態をややこしくする。そして、その二つが明確に分離されるのはまだ時間がかかるだろう。
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