RukeとLuNaYuの日記
I know the truth.
I know whole.
And I...know you.
平凡な大学生活の日記です。時折まじめな長文を書く病気になります。興味がなければ読み飛ばしてください。
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エイチツーエー (2006/01/27(金) 00:11:38)
ちょっとソースが見つからないのが、どこだかで、「H2Aロケットは六号機の失敗の後に~十箇所に渡る改良を加えた」という記事を見た。

この、改良個所が多いという点を好意的に取り上げると言うのは、ちょっととんでもない話だ。はやぶさのプロジェクトのような資金的にも技術的にも時間、人的資源についてもぎりぎりの所を押していくチャレンジャブルなプロジェクトならばともかく、H2Aの場合将来的には商業的な運用も見込んでいる、信頼性、安定性が最重要であるプロジェクトであるからだ。

もし本当に改良すべき個所がめちゃくちゃ多かったならば、六号機以前の成功は全てただのラッキーであって、完成度、信頼性等の評価がまともに行われてはいなかった事を示す事になる。この場合こ~んなに改良しましたよ、と言っている場合ではない。問題にすべきは体制、運営の全体そのものであり、それは抜本的に改善されなければならない。

もちろん僕は、六号機の失敗に至るまでに、人々が最善の努力を払わなかったとは思わない。むしろ、ほとんどの人は望み得る最大の労力をつぎこみ、それぞれの良心と高い能力の下でプロジェクトの成功について一定の確信を持っていただろうと思う。

もちろんそれは限りある能力を持つ人間の確信であり、しかも定期的、商業的な運用を最終的に目指すとは言っても綱渡り的な部分を多分に持つ難しくかつ大規模なプロジェクトであるから、その確信はそう簡単に信用できるものではない。そして実際に六号機の失敗が起きたという事が見積もりの甘さを明確に示したことになる。

問題はこの場合すべき事は、何が問題であったのか、そしてできるならばどうしてそのような問題が見過ごされたのかを最大限明らかにするように努力し、それらを修正し、再び、成功に関する確信を回復する事だ。問題は、技術者達や少なくともプロジェクトに関して重要な判断を下すような立場にいる全ての人間が、十分な努力を払い十分な完成度、信頼性を実現できたと確信しているかどうかであって、改良点の多さではない。改良点がどれだけあろうとも、それは多すぎるかもしれないし、少なすぎるかもしれないのだから。

これほどの高度なプロジェクトになれば、人の判断などあてにできず、実際にやってみて経験を積むしかないという側面は確かにある。しかしだからこそ人の確信は最低条件だ。能力ある人間が良く確信していてさえあっさりと失敗しかねないプロジェクトで、人が成功について十分に確信できていないならば、一体どうして偶然以外の理由で失敗以外の結果が得られるだろうか。

改良点の多さを誇示する事の唯一の意味は、「こ~んなに頑張りました。だから怒らないで誉めて誉めて」という政治的アピールだ。そこに技術的意味はない。それどころか、もし、必要以上の改良が行われていたならばそれは、例えその改良が実際良い事であったとしてさえ、大きな問題になる。六号機の失敗以前に積み重ねられた実績と信頼性(そう、それは確かに積み重ねられた)を全く無意味なものにしてしまうからだ。

上の記事の出所がちょっと見つからないのだが、さすがに関係団体のオフィシャルな文書ではなく、どこかのニュース記事だったと思う。それに改良点の数なんて数え方次第でいくらでも変わるし、H2Aに関わる技術者達のレベルが低いわけはないから、本当にその改良が必要なのか、という点に関して常に徹底的に検討されたはずだとは思う。しかしながら、技術者達の判断よりも政治的な事情に左右されやすいという宇宙開発の問題点が端的に現われている例ではないかと思う。

何しろ本家のNASAが、プロジェクトが失敗すると、プロジェクトは続行するが予算は減らされるという不条理な悪循環に悩まされてきた歴史がある。

日本の宇宙開発も多かれ少なかれそうだった。H2Aの六号機の失敗の後の再検討と改良についても、失敗したという事だけに立脚する短絡的な非難だけでなく、「これだけ金を出してやるから、次は絶対に成功させろ。次に失敗したら二度目はないと思え」のような資金や資源が提供される場合にすら必要以上のプレッシャーに晒された事は容易に想像がつく。そうした中で、トップの人達は好むと好まずとにかかわらず「こ~んなに努力しましたよ」と分かり易い数値的なアピールを頻繁に行う必要があっただろうし、多分それはどこかで、「必要以上の改良」ももたららしているのではないかと思う。

#もちろん失敗した以上、あるていど風あたりが強くなるのは仕方ない事だ。しかし問題は、その金や資源が、本当にそのプロジェクトの成功を願いながら出されたのとそうでないのとでは、実質的な価値が桁違いに変わるということだ。

まあ、それでも、日本の宇宙開発は政治的なしがらみに関してはアメリカよりはだいぶましだとは思う。HOPEのプロジェクトの破棄は科学史に残る英断だろう。

ただ実はアメリカの宇宙開発というのは、明確に失敗していると言っても良いくらいで、定期的かつ商業的な衛星打ち上げビジネスとしてはヨーロッパの圧勝だし、有人宇宙飛行に関しては、ロシアのソユーズ宇宙船の実績はスペースシャトルと比べ物にならない。こういった所と比べると、やっぱり日本の宇宙開発は(現段階での成果という点を越えて)まだまだ見劣りする。官主導だろうと民間主導だろうと軍主導だろうと、何でも良いけれど、とにかく迷走だけはよくないよ、うん。
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